二の節 運命の双刃・運命の双璧。 その一




 普段は忌み嫌われ〝ケダモノ〟と呼ばれる、生態系を逸脱した憐れな化生。弛緩し絶命したその姿を、高く昇った陽がさらけ出す。


「外傷は〝ケダモノ〟唯一、致命部位の両眼のみ。相当な手練れによってほふられております」


 緊張気味に上級法士が報告する。若く、真新しい白板金と法衣を組み合わせた戦闘装備姿だ。


 報告の相手は、銘持ちで脈動する赤のから降りたばかりの白い甲冑姿の騎士。重装備ではなく、主に風除けのバイザー付きのバシネット。肩から胸部、脛や足に重点を置かれた装備だった。


 死骸の検分の報告を受けようと、蒸れる装備の不快さにも動じない。歴戦を経ても、手入れが行き届く装備に包まれ、一団の誰よりも重厚な雰囲気を漂わせる。


「バローツ副団長。住民の報告にあった、ケダモノの特徴と合致しております。規定通り、この場で焼却処分するよう指示を願います」


 白装束に包まれるヒト族の一団にあって、隔絶する容姿を持つ練度の高さを匂わせる法士が、的確に指示をう。


「待った。焼く前に、両眼を回収させて貰う」


 突然。バローツと熟練法士との間に割り込んで来たのは、頭の先から爪先まで黒装束に身を包む、二人組の片方だった。


「副団長。あの二人組は〝黒の群狼クロノグンロウ〟です」


 侮蔑を込め、素早く声を潜め伝える先程の若い上級法士を無視し、バローツは黒装束の二人組に釘付けになっている。


 調査団として編成された、白板金と法衣で武装する一団。対する黒装束の二人組は、永遠の沈黙を保つ黒い巨軀を、互いの視界に入れ対峙した。


 スーヤ大陸の西側には、人類の砦の一つ眞導都市マドウトシ・シザーレがある。そこを巣と定め黒の群狼クロノグンロウと忌避と畏怖と共に称される精鋭部隊が存在した。


 〝鮮血の獣センケツノケモダノ〟と〝青い月アオイツキ〟と呼ばれる対象がある。突如として生態系から外れ、文明圏の脅威となる生物は一括ひとくくりに〝ケダモノ〟と指定される。


 の惨烈とした体液は虚空の眞素マソに触れると、常闇とこやみにも透ける事のない黒となる。自然界にはない禁忌の色を好んで使うのが、黒の群狼クロノグンロウだった。


 彼らへ支給された制服は生き残るたび、ケダモノの体液を浴びて黒に染まった。その卓越した能力は眞導都市・シザーレの利益のためだけに振るわれる。


 忌み嫌われる行いと、罪をも飲み干す傲慢な方法で〝法典ホウテン〟の威力を〝眞導書マドウショ〟へと変換し導き出す。


 眞導都市・シザーレの対岸の存在は、東の人類の砦。炎州エンシュウセイシャンナ正教国セイキョウコク。その尖兵〝セイシャンナ正教法士団セイキョウホウシダン〟と称賛される。


 基調の白が現すまま、法と秩序、人類存続を最優先に立てる教義と有言実行で〝法典ホウテン〟の奇跡を〝聖法典セイホウテン〟とうたたてまつり導き出す。


 色、姿勢、教えも、異なる双方は、寄り合いながらも相反する主義主張で、形式上の対立関係にある。


 根は一つだった〝法典ホウテン〟が、解釈する人の手により分かたれた結果でもあった。


 互いに忌み嫌い、相容れない存在。それでも、黒装束の二人組が死骸を漁り、重要な物証を持ち去られる様を、白い法士団は遠巻きに見守っていた。


「見て下さいよ」


 喉の低い声が、鼻を通り抜け高く響く。検分作業を中断し、黒い装備に包まれた両腕を左右に広げて見せた。


 それは、黒の群狼と称された背が高い側。バローツの正面を向き、役者掛かった大振りの動作は注目を集めるためのようだ。


 その様子に、バローツだけではなく、全員が注目する。


「大人の両腕を広げても、このケダモノの両眼の位置には届きません。なのに、両眼は同時に潰され外側へと、眼窩がんかごと挽き割られています」


 現場経験が少ない、法士の一部が不快を露わにした。


「ケダモノの左眼は、物理的な力で。右眼は、眞導マドウによって。思い切り、ね」


「何が言いたい」


「これは、鮮血の獣センケツノケダモノです」


 解説を買って出た、黒装束の若者の不思議な声に込められた単語に、白い集団は身動みじろぐ者が多かった。





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