四の節 少年、二人。




 レーフ暦・一七一一年。仲秋に当たる収穫祭の日。


 スーヤ大陸の東側にある、人類最大の砦・セイシャンナ正教国セイキョウコクの国をようする炎州エンシュウの海岸線から、西に後退したデルカ湾を中心に発展した最大の港湾都市・ダンターシュ。


 海路と陸路を押さえたダンターシュは、スーヤ大陸随一の交易物資を集積し、適切に目的地へ送り届ける。


 また、歴史ある街並みは、蜘蛛の巣のように張り巡らされた大通りが織り成す旧市街。都市計画策定によって整備された新市街風景が同居する。

 その様子を、高台地域から眺望出来る数々の商業施設は、観光地としての集客力にも定評がある。

 年間を通し温暖で過ごしやすく、上流階層も庶民を問わず温泉保養地としての人気も高い。


「セリス! 待ってよ!」


「遅いぞ! ハド! 走れ走れ~!」


 ダンターシュで、一番の大通り。砂色の石畳の両側が、祭りの色に染まり出店や催し物が並ぶ。賑やかで、華やかなのは出店ばかりではない。肌の色、鼻の形、顔の輪郭、服の装いも様々な人々が行き交う。


 街が生まれた目出度めでたい記念日でもある。五色の紙吹雪、季節の花弁が散る中。元気の良い少年達が、大きな声で互いを呼び合おうと、とがめる不粋ぶすいな者はない。


「これだよ。ハド」


 ようやく、人垣を越えて来た少年の名を呼び、北国特有の色の白い肌を持つ少年が息を弾ませ、露店の石を指差す。


「綺麗な灰色の石。セリスの目の色と似ているね」


「だろう? ハドは、こっちの黒色な」


「これ、大人が買う高い方の石だよ」


「お前なら大丈夫だろ? 俺も、手伝いしながら頑張って貯めた」


 セリスと呼ばれた少年は、幼い口元を、薄い胸を反らし対等だと威を張る。

 少年達が物色しているのは、祝祭用の宝飾が並ぶ出店。周囲は大人ばかりで、恋人同士と思われる姿もあった。


「でも、大人の物は早いよ」


 ハドと呼ばれた、黒髪黒眼の少年の表情が曇る。


「誕生日が来たら、ハドは、炎州エンシュウセイシャンナ正教学舎セイキョウガクシャに入るだろ? 俺も来年行くけど、一緒に居られるとは限らない。だから去年、この店で見た石で〝双色の証ソウジキノアカシ〟を作りたいと思ったんだ」


 灰髪灰眼のセリスの真っ直ぐな思いを受け、黒色の瞳は加工前の美しい商品に滑り落ちた。


「生意気な審美眼だ」


 丁度、正面で作業をしていた職人が野太い声を添え太い首を伸ばし、少年達を見やる。


 およそ、客に対する言葉遣いではない。


 しかし、場違いな子供と自覚した上で、職人が持つ腕の高さを誇示する響きを察したハドは、職人に向き直る。


「そっちの白髪頭の小僧は見覚えがある。去年も、物欲しそうに行ったり来たりしてたよな?」


 黒い布を顔の斜めに巻き、封じられた左目とは逆の小さな茶色の瞳。毛深い無骨者の顔に、嘲笑の形が浮かぶ。


 その態度に、セリスが反論するため息を吸い込んだ時。職人は、しわが鉄粉の黒に染まる堅いてのひらで制した。


「待て。若い奴は、気が早くていけねぇ。若い奴が、双色の証を口にするとは気に入った」


 職人の嘲笑は、野性味があふれる笑顔に移る。


「気に入った石と、留め具を言いな。条件を飲むなら無料にしてやる」


 急変する職人の言い様に、少年の割りに綺麗な顔立ちのセリスの口元が、開いたままふさがらない。


あなどってもらっちゃ困る。オイラは、死地に向かう男達と鉄に向き合って来た。二人の覚悟を感じたぞ」


 職人の眼鏡にかなった事に気付いたセリスが、感動が言い表せられず、素直な単語をもらした。


「オッサン」


「オッサン言うな! 一族の中では若い方だ! 〝ドルルフ族のムブルガ〟って名前を忘れんな。条件はソレだよ」


 鍛冶かじの炎にかれた顔を紅潮させ立ち上がる。ムブルガの背丈は、セリス達の肩にも届かない。


 長寿で鍛鉄たんてつや宝飾技術に長け、肩幅と尻の大きさが目立つ男性ドルルフ族の特徴。

 太い指が不思議な程になめらかに動き出すと、石と金属が和音を奏でた。




 ◇◆◇




 少年二人は、穴を開けたばかりの耳飾りの治療を済ませ、今後の処置を伝授された。


 店先で見送るムブルガに、セリスは何度も手を振り、ハドはお辞儀を繰り返し祭りの雑踏の波間へと、やがて消えた。


「こんにちは。ムブルガ」


 ムブルガの背後から現れた声の主は、影が差すように現れた。ムブルガと同じくらいの背丈だ。


 頭巾フーザを口元まで下ろし、黒装束に身を包む。それは家猫イエネコに似た外見。発声器官で、会話の疎通そつうを可能にするニンゲン属ネウ種モモト族の青年だと、ムブルガは知っている。


「ハニィ。相変わらずの忍び足だな」


 ハニィと名差しされ、無言でムブルガに差し出す。黒装束のふところから抜き出した高級な油紙に包まれた封書を取り出したのが、その返事であるかのように。


「うむ。オイラの取引印章の封蝋ふうろう。確かに受け取った」


 この直後、二人は無言になる。だが、意思の疎通は継続していた。


 ヒト族以外の種族は、独自の伝達手段があり密談用に使用する。彼らが、ヒト族と共存する理由。それは単に利害が一致しているからだ。しかし、同時に警戒している。


 何故なら、彼らは。過去、七度の破滅を引き起こしたのは全て、ヒト族だった事を。


 祭りの余韻も薄れ、少年達の耳に互いの色の石飾りが馴染んだ、レーフ歴一七一二年・水車の月・二十六日。


 ハド少年。グランツ・ハーシェガルドは、セイシャンナ正教国セイキョウコクへ赴き、その学舎がくしゃの門を叩いたのである。





        【 次回・第一章 鳴動する世界 】

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