四十三の節 カヤナ大陸・ルリヒエリタ。 その二
血走っていた目は、既に穏やかな光を取り戻している。
「追随する。放て」
気配に合わせ、
「恐縮の限りです!」
港湾都市に満ちる、生命の力強さを媒体とし、
「唄? だよな、これ」
羊に囲まれる
「え、えぇ。確かに音と声が聞こえます」
鎮静の気配は、
聴き取れる者には、明確に作用していた。
それらを包み優しく撫でるのは、二名の
波長に、変化が起きた事に気付く者がいた。
ニンゲン属クマ種オルセット族の、メイケイ・ウンケイのクリーガー兄弟は、二名の
彼らは、それぞれの笑顔を浮かべ、
『生命の讃歌』だった。
そこに、ニンゲン属ヒト種ヒト族。
『普段はザラついてるけれど、
美食と芸術の街・フローリオで、
「あのお兄ちゃん達、すごいすごい!」
「楽器もないのに、音が出てるの!」
「知ってる! このうた、せいめいのさんか!」
「ぼくも、うたう!」
ヒト族の子供達が、届いた
知っている歌詞に、小さな優越感。楽しく声を上げられる開放感。生命への讃礼は大人達を巻き込み、大合唱が人々を繋ぎ上げた。
『我々は、貴方の生命で繋がっていたんだね。我々の生命は、貴方へ戻って行くんだね』
元より、言葉の壁はなかった。海路が拓かれ、
同時に、スーヤ大陸の公用語・
真珠と香辛料の国の商人達も、抵抗なく商売相手の言語を受け容れる。
人種も国境を越え仲介したのは、純然たる豊かさだった。武力や文化の強制では果たせない、共有された価値観と相手を尊重する余裕にこそ理由がある。
それこそが、皮肉にも暗部を覆い隠す陽の役割を果たしていた。
◇◆◇
沿道が大合唱と、本来の群れの秩序を取り戻した家畜達の波が満ちる。その風景を、面白い場所から
「見せ場、全部すっかり取られてしまいましたわねぇ」
少々、高い位置から女性の声が起きる。暴れ馬の背から、既に脱出してたクラーディアだった。
祝祭に合わせ、屋根や支柱に渡された綱がある。ルリヒエリタの街旗や、参加する各村落の紋章、部族旗が掛けられる綱に、腰を下ろした格好で風景を見下ろしていたのだ。
「あらぁ? お仲間かしら」
黒く塗った爪を揃え、
盗賊対策で、商家の屋上・見張り台には弓矢や湾刀で武装した自警団が、四交代制で待機している。黒い人影は、その内の一団に、罵声を含めた言葉で警告を受け続ける。
しかし、黒い人影は止まる事も相手もせず、煉瓦色や柿渋色の屋根の間に消えた。
「ま~ぁ! あれは見覚えがある
クラーディアは、
ついでに、その旺盛な性欲の
クラーディアは、目を付けた相手の身体の線を記憶し、着衣の上からでも判別が可能なのだ。
そんな、クラーディアの足元で奇妙な再会劇が展開されていた。
「は、
「あれ。お前さん、確か渡航免状の所の、ハグ? ハ、ハー何とかって奴だっけ?」
「
メイケイは、人の名前を覚えようとしない主人に、慣れた雰囲気で助け船を出した。
それによって、数カ月振りの再会を果たしたのは、クリラ族の山羊追いとして手伝っていたハドだった。
そのハドも土地に倣い、クリラの男性用の民族衣装を貸り過ごしていた。
「あら、ハドの知り合いの方? 良かったら、紹介して欲しいわ」
雪解けを知らせる、春の陽気を宿らせた少女に見える女性がハドの隣に立った。
「この人は、クリラ・リルカナ。父方の従姉妹で、その、あの混乱の後に世話になっていました」
リルカナは、健康的な笑顔で紹介に応えた。黒髪黒眼。彫りが深く、遊牧と狩りで日に焼けた濃い色の肌。お世辞抜きで美人の部類に入る。
肌の露出がない、伝統あるクリラの民族衣装を着用。大自然の加護と伝承の逸品は、黒染めを地とした、上質な織物と複雑な刺繍によって、その価値を数倍に高めていた。
「伝統を重んじる、誇り高きクリラ族の方にお目にかかれて光栄です。私は、ヒリー・バンクス・レイスと申します。早速ですが、クリラ族が専属で家畜化している、ピピカラ種の品質管理の秘訣。それと、モデマ織りに使われる染料成分を」
リルカナの個人領域に、迷いなく踏み込んだのはレイスだった。学者の貪欲な知識欲を、遠慮なく解放するレイスだが、気を利かせた
再会を分かち合うには、互いが持つ要件を片す必要があった。一行は、翌日に待ち合わせの場所と時間を確認し、解散する事になった。
ルリヒエリタの街は、前例のない騒ぎの余韻を残しながらも、日常に戻りつつある。
潮風が、変わり行く世界の潮目の気配を運んでいる事に、気付く者もいれば、気付かない者もいる。
それでも世界は等しく、生命を変わらずに包んでいた。
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