四十一の節 洋々たる、ダンターシュ。 その三
進行方向の空は夕暮れに染まり、紺碧の大洋を万華鏡の如く光の破片を乱反射しながら、陽は西の水平線へと沈み行く。やがて、追うようにして月が昇るだろう。
シザーレ天文台で観測された、向こう十年の天体運行表。シザーレ天文台式の
「善い風を捕らえたな」
アラームは、
「外洋に出さえすれば風は吹いていますが、この風は素晴らしいです」
典型的な海の男を体現する、大柄なヒト族・ノルデオンが乗組員の様子を確認した後、潮風に
そんなノルデオンの機嫌の良い声に、船と同じ名前を持つ茶虎毛の
船倉の鼠対策で、乗船している立派な船員だ。ラーニッツの縄張りは、このラーニッツ号と言う事だ。
「おい、そこの黒装束さんよ。取って置きの
弱々しく、
「そんな事が叶うわけがないだろう。それに、この場で
大自然さえも、支配下に置こうとする生命が
元より
それでも人類は、未知に挑戦する。沿岸で養殖し、利用価値が多い鯨を追う中、他の魚影に損得を推量し続ける。
アラームの左側にいる、幽遠な容姿を持つ
「飛竜部隊に頼めば良かった」
「それも難しいぞ。竜騎士でもないのに、風圧や体感温度を保つための
「駄目だ。部屋に戻る」
消沈した
◇◆◇
「
連なる
「あ~ぁ、どこかで会ったな。誰だっけ」
「先日、グランツ家の夕食会で、
近くの支柱に掴まりながら、レイスは一礼する。
「気分は最悪だ。気遣いなんか、どうでも良いから放って置いてくれ」
「
航行にとっての大敵は、悪天候、火災、損壊と多く挙げられる。忘れてはならないのが、
船上では
扱える者を管理するのは、最優先事項と言える。影響下にある者の症状は個々によるが、
「今が、丁度良いのです。情報を得るには絶好な状況ですから」
レイスは、普段の穏やかな表情とは違い、酷薄な言葉を響きに乗せた。
ここで、看病をしていたメイケイが、静かに移動する。長い付き合いの中で
「肉体も限界。精神も薄弱。押せば口を割りやすいでしょう?」
「何だよ、拷問でもするつもりか? 結構、人がいるんだけど」
仮眠室も兼ねた揺れが少ない中央船室は、夜間作業要員が休憩している。
「私は、真実を知り、記録したいのです。王侯貴族、権力者の都合でねじ曲げられた英雄譚ではなく、歴史が刻む素肌の時間を。
記憶を探る事すら
「貴方が、紫の大陸から帰還した頃と同時にあった、
相変わらず、
「れが、ぇるかよ」
船酔いと、船自体の揺れ。こじ開けられる不快感からだろう。
「済みません、もう一度お願い出来ますか?」
「アラームを、見て、飛び去らねぇ鳥を、肩に乗せてる奴に、話す事なんざ、一つもねぇよ」
力が入らない腹から出た言葉が、
その直後、硬質な靴音が存在感を誇示しながら近寄って来た。
「レイス、場所を代われ」
夜食時。水夫、護衛兵士・
足元には、変わらず衛生班姿のメイケイ。彼は、やり取りの異変を察し、素早くアラームを呼びに行ったのだ。
アラームは
「
「早く。悪いようにはしないから」
静かだが、強い意図を込めた
船酔いと思考力の低下も手伝い、反射的に吐いた息の分も吸い込んだ。同時、
「っかは! けほっ」
急に小さな咳を発した
次の瞬間には
「揮発性の麻酔薬。昏睡状態だから粗相をすると想うが、処置の仕方は判るかな?」
メイケイは力強く肯定の
「
名を呼ばれたレイスが、返事をするために喉を動かす寸前。
レイスの右肩に
「編纂者として、ヒリー・バンクス・レイスの随行を許可した。余計な物言いをするのなら、金のあかときを潰すぞ。今、この場所で」
アラームの白い手の中に梟が収まっていた。絶妙な加減で捕らわれ、貧弱な小さな白い
「い、いつの間に!? 止めて下さい! イングリッドを返して下さい!」
悲痛な叫びが、船室に乱反射する。交代要員の船員が、この騒ぎで不満を漏らしながら何人か起き出した。
「返して欲しければ、適切な言葉で改めて私に対し誓約を立てろよ」
無表情だが、かえって容赦の余地もないアラームの気配を察し、レイスは無条件降伏を告げる。
「アラーム・ラーア様の邪魔は致しません。決して」
間髪もなく服従する言葉をレイスは返した。
アラームは、有無を
すっかり陽も落ち、急に流れ込んだ厚い雲が夜空を覆う。空と波間に、民間客船、商船、護衛船、合わせて
船上生活の向上は、安全面にも及んだ。調理以外の火気が極力抑えられたのは、錬金技術による冷光技術の革新だった。
多くの人類は知らなかった。この光景が、まるで海に浮かぶ星を映したようだと。
一七一六年・
【 次回・第四章 進み行く世界 】
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