四十の節 洋々たる、ダンターシュ。 その二
昼も十分に過ぎた頃合い。
王侯貴族仕様に装飾され、乗り心地も抜群の四頭立て馬車が、グランツ家の敷地に進入した。
途中、グランツ家の遣いに拾われ、身を整えた
正面玄関へ続く広い通路は、四頭立ての馬車を余裕をもって通す幅。その両翼は、冬に備え盛りを過ぎた花々を整え、常緑低樹を左右対称に苅り揃えられていた。
見事な稜線は、来客や館の住人を出迎え、目を引き留める。
高級産地から切り出された、
「あっ、ほらほら。アラーム様と
視力が良い
「何やってんだ、アイツ」
生垣から抜きん出るのは、頭巾を脱いでいる長身の黒装束。定位置には、長身の白装束が、作業着の老人を相手に談笑していた。
周辺には、オルセット族、モモト族、ラヴィン・トット族が余す事なく揃っている。
働き者族と
「
下座で説明するのは、乱れ一つない、お
漆黒の被毛に垂れた長い耳。思わず目を見張ってしまうのは、
「へ~ぇ」
フローリオの一件と言い、アラームの人脈の深さに感動する部分が、麻痺しているような返事をする
◇◆◇
「あちこちで、渡航免状を振り回していたようだな。聞いていた話しとは違い、観光気分だったのか?」
「最後の晩餐と言われたら、付き合うしかないだろう」
ささやかな歓待の夕食も済んだ、夜も更けた時間。金に縁取られる白と緑色の壁紙、代々受け継がれる調度に囲まれる三つの人影。
深い赤の座席を挟むデヒタヒの卓には、年代を重ねたキルシュヴァッサーが注がれる、切り込み模様が美麗な
「ははは、あの
「路銀は
「相変わらず、しっかりしているな」
旧知の気配を引き出しつつ、ユグレスは再び笑った。彼らを、淡い間接照明と暖炉の炎が浮かび上がらせる。互いの仕草や表情が、分かる程の明度だ。
「約束通り
スーヤ大陸の彫りの深さとは異なる風貌のユグレスが、杯を戻しながら言葉を切り出す。
「試しに言ってみろ」
「夕食時に、分かりやすいシェス人がいただろう」
「珍しいよな。あれ程に特徴が出るなんて」
話題に出た相手とは、
アラームが言うように、彼は灰髪灰眼。今は〝紫の大陸〟と称される北の大陸・ロレッタに住んでいたシェス人種の特徴を忠実に宿していた。
さらに珍しいのが、右肩に小さな白い
「シェス・シェリムング・セリンディアスを想い出す」
「やはり知っていたか。そのセリスを探して欲しい。それと」
「一つじゃないのか」
「誰も、一つ頼みがあるなんて言ってない」
「どうぞ、続けてくれ」
察しが付いたアラームは、全ての頼み事を聞き出す事にしたらしい。付き合いも長いユグレスは遠慮なく続けた。一度に案件を解決出来る相手だと、アラームに対し全幅の信頼を置く証拠でもあった。
「話しが早くて助かる。クリラ族を覚えているか」
「
ユグレスは婿養子だった。部族の誇りであるはずの長く編み込んだ髪を切り、馬を降り、信仰を移し、名前をスーヤ大陸風に変えた。愛した女性へと、全てを捧げるために。
「先月、カヤナ大陸に紫の蛮族が現れ、クリラ族を襲撃した事は知っているか?」
小さく、アラームは
「仲介役を通して、シザーレ
カヤナ大陸には、大別し
男女問わず、採取に長ける者。狩猟に長ける者、手芸産業に長ける者、畜産に長ける者と分業し、長所と短所を補い合いながら生きて来た。
特に、クリラ族が染める糸や織物・刺繍の美しさは、スーヤ大陸の王侯貴族や富裕層に人気があり、高価な値段で取引される。
「それから?」
諦めの仕草で
「帝国が陥落した日。我が家の薔薇園でユタカとマサメが大怪我を負って倒れていた。ヴィンセントが慌てて駆け込んで来たものだ。どうせ、アラーム達の仕業だろう」
「こちらも、ユタカとマサメが殺される事がないように、頼まれているからな。私が救い出した事に対する確認か?」
「違う、そうではない。私も迂闊だったんだが、ハドがカヤナにいる事を、ユタカに聞かれてしまった。ユタカとマサメは、止める間もなくカヤナへ渡ってしまってな。あの大怪我を押して、ハドを探しに行った。二人の無事も、確かめて欲しい」
「判った。判ったよ、ユグレス。
気前が善いアラームへ、
「アラーム」
ユグレスが、
「本当に、
「私の気が変わっても、大小の二人組と、絶賛失踪中の傲慢のメル・ウォルフが壊すよ。それぞれが望む目的のためにね」
「最後の頼み、聞いてくれるか」
「この際、全部吐き出せよ」
「私の息子が、ハーシェガルドが、世界の終わりを知った時。見苦しい真似をしないか、見届けて欲しい」
「承知した」
アラームは、暗くても映える
「ユグレスは、
膝に置いた肘を支えに組む手を、ユグレスは
「ここ数十年、紫の蛮族が頻繁にカヤナ大陸にも、小規模ながら干渉していると報告を受けた。山林のケダモノの活動も、激しいとは聞いている。キノト族国も去年、ケダモノに蹂躙され壊滅状態になったからな」
「交易相手の心配をしている場合か?」
「私は商人だ。国が滅びようが、商品を欲する相手がいるなら、最高の品を届ける使命がある」
暖炉の炎が、ユグレスの情熱に応えるように揺れた。
「無事の確認を頼んだ者達は、私の家族に等しい。大切な家族の安全を案ずるのも、家族の支えがあって私が存在し得る。私達の仕事を、根底から支えてくれるグランツ家に仕えてくれる者達、乗組員に報いるためだ。人々の生活を守るために、私は這ってでも物流を支える。
「そうか」
ユグレスの黒い視線から、
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