十三の節 再会の白薔薇。 その一
「ここにも居ないのか」
黄土色の制服を着た少年と青年の中間にある若者が、独り呟く。
「時間が違うのかな。と、言うよりも、東と西では随分と就業時間が異なるんだなぁ。この時間帯は、自由行動みたいなものだし」
陽の高さは、夏に向かう気配を等しく照らす。午後の授業を終え、馴染めない〝
教室でも孤立して話し相手もなく、独り言が癖になりつつあったのは、ハドだった。
この独り言の理由は、スーヤ大陸のほぼ中央に位置するフィーツ・ワイテ帝国から区分けされる地域意識。
東側に代表される、
定刻通りの食事を含めた休憩を何度か挟み、日没と共に明日に備え就業を終える。
西側に代表される、シザーレ
就業時間割りは、午前・三時間。正午休憩の二時間。午後・三時間。
事前に知ってはいたハドだったが、実際過ごしてみなければ分からない感覚に、最初は戸惑っていたようだ。
会いたい相手が、居そうな場所を夕食時間までの自由時間を費やした数日。ハドはこの日、不可解な場所に辿り着いた。
市街地へ通じる路地の死角にはなっているが、人々の憩いの場所になりそうな区画。
だが、妙に手入れをされている割りに、全く人通りも気配もない。
ハドは、立ち入り禁止の警告がないか確認をした後、恐る恐る庭園に侵入した。
整形式の庭園は、左右対称の緑の生垣が刈り込まれ、初夏に開く多重弁の薔薇を囲う。咲き方も、高芯咲きから
「あれ? この
ハドは、自宅の庭園で見慣れた高芯剣弁咲きの白薔薇種を見当てた。
「ここには、
ハドは無人だと信じ込んでいたようだが、人の出入りはあった。雑草一つなく、手間が掛かる薔薇が咲き誇っているのだから、ない方がおかしいと言える。
「す、済みません。え? この声。もしかして、ユタカ兄さん!?」
ハドが、何かに気付いた様子で見た方向には、ヒト族らしき黒い制服。相手は、律儀に目深く被っていた
掛けられた声に向けるのは、
「坊ちゃん! ハド坊ちゃん! 噂を聞いて探してはおりましたが、こんな所で会えるなんて。植えて良かった。趣味の花畑ぇ」
一度聞けば忘れられない声。喉で低く発し、鼻腔で高く通る響き。
「ユタカ兄さんも、よく無事で。
「坊ちゃん。俺の事をまだ〝兄さん〟と呼んで下さるのですね」
「当たり前じゃないか。でも、今は駄目だよね。大先輩の上、歴戦の
世間的な常識に応じ始めたハドを見たユタカは、今にも足腰を崩しそうな姿勢になっていた。
「そ、そんな言い方は止めて下さい! 俺にとっては、大恩ある御当主様の御子息様です。こればかりは、今も譲りませんよ!」
年齢や立場は離れているが、ハドとユタカ達は古くからの縁で繋がれていた。
「セリスも元気そう、だよ。使役職の最高峰、竜騎士の適性が認められて、もう何度か現場に出たって手紙に書いてあった」
他に誰の姿もなく、先程のユタカの態度に甘え、ハドは言葉を戻した。
「アイツは、生意気ですが出来が良い。も、もちろん、坊ちゃんはもっと優秀です」
ハドは苦笑を浮かべる。ユタカの気遣いが申し訳ないと全面に出ていた。
「そうか。セリスは諦めていないんですね。蛮族に支配された、祖国を解放するために竜騎士になるんだと。昔から言ってましたからね」
ユタカは、セリスの願いを知っていた。
「実際問題、あの〝紫の大陸〟に侵入出来るとは思えません」
紫の大陸。紫の蛮族。
満ちる
船団での海路からの上陸作戦。騎士や飛空種の協力による、上空からの侵入も果たされていない場所。
蛮族は、セリス達シェス人の祖先を追い出した。およそ
「僕は、セリスが行くなら必ず行くって決めてるんだ」
「じゃあ、俺もお
「ユタカ兄さんは、
「仲間ハズレにしないで下さい。マサメも無言で付いて来ますって。それに正直、任務だけに縛られたくありません。坊ちゃんと一緒に、無茶する方が楽しそうですし、この生命も有効に使えます」
「駄目だよ。簡単に生命を差し出さないで」
普段は柔らかい目元のハドが、緊張を込め
黄土色の制服と、罪に染まる黒い制服の二人を取り持つ旧知の
しかし、その緊張の糸は間もなく切られる。寒々しい灰色の石畳が敷かれる通路から、刈り込まれた緑の生垣の入口に向かい、何かが列を成し整然と侵入した。
ハドの黒い
「クラーディア教師の、不気味な発明品ですよ。不本意ですが、この不気味な〝自動給水・栄養補給人工生命袋〟のお陰で、この花畑は維持されています」
周囲をよく見れば、三クラール(約
地上を行進していた物体と異なるのは、中心の感覚器官と思われる赤い部分がある。両脇のヒレを動かし薔薇周辺を舞うように移動し、あるいは、枝や葉に接着していた。
虫や鳥とは違う構造で浮いている所から、
「坊ちゃん、あまり見ない方が良いですよ。そろそろ、始まりますから」
「え? 見るって、何を」
ユタカの
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