七の節 思い、分かたれる事なく。






 薄い空色が、四角に切り取られている。第二迎賓館の中庭が、正方形に設計されているからだ。


 外枠は、三階建ての灰色の石壁。藍色が特徴の瓦屋根がかれる。


 雲がない快晴。運搬用飛竜の一団が、山型の陰影を走らせる。その、長閑のどかな風景を見上げる少年が二人。


 一階部分の回廊には、壁に沿いしつらえてある長椅子がある。隣り合わせで、二人は並んで座っていた。


「ハド。本当に行くのか」


「もう、手続きは済んだ頃だと思うよ」


「そう言う事じゃないって。おじさん、知ってるのか?」


 ハドと呼ばれた少年は、もう片方の少年の視界の端で否定する仕草をして見せた。


「分かっているよ。黙って決めるのは駄目だって。でも、世の中は、十三じゅうさんで生きる道を決められてしまう。大人が決めるか、自身で決めるかの違いだよ。セリス」


 セリスと呼ばれた少年は、耐えられず首をハドに向け、たかぶる気持ちを言葉に込めて放つ。


「分かってねぇよ! シザーレの門をくぐったら最後なんだぞ! 眞導士マドウシにならねぇと、二度と外に出られない!」


「あはは。商人や使節団なんかも行き来してるよ」


「だから、そう言う意味じゃないんだって」


 昔から変わらない、二人のやり取り。年下のセリスが強硬に迫る程、年上のハドの的には命中しない。

 このズレは、もどかしく不満が募るが結果的に、この温度差が絶妙な均衡へ導く。それは、今も同じだった。


 セリスの不満が安堵に変わる頃、ハドが口を開く。


「そうだよね。眞導士に志願して門を通り抜けると、


「何だ。向こう見ずって訳でもないのか」


「大丈夫。僕は眞導士として門から外に出て、セリスに会いに行く」


「分かった。もう止めない。だから死ぬなよ。俺に会う日が来るまで、絶対に死ぬな!」


「そんなに、死ぬ死ぬ言わないでよ。怖くなるじゃないか」


 言いつつ、おどけた顔を作ったハドは、その場で立ち上がる。セリスも、ほぼ同時に立ち上がり向かい合う形に無言で位置取った。

 二人は、前あわせで交差する、白い礼服の胸元で合掌し、聖シャンナの教えに向かう神妙な顔に変える。


「約束しろ。グランツ・ハーシェガルド。聖法典、聖シャンナの御名と、俺の名に誓え」


「誓うよ。シェス・シェリムング・セリンディアス」


 本当は、聖法典や聖シャンナの教えは関係なかった。二人にとって、互いの名前と、分かち合った時間の尊さこそが、何よりも重要だった。


 時折、行き交う同窓の徒や、帝国の役人達が通り過ぎる。生活音さえも、入り込めないはずの雰囲気の中。どこの世界にも、不粋な輩は棲息する。


「あ~あ、いたいた。真面目に、シザーレなんかに異動を申し出た、ハーシェガルドちゃ~ん」


 迎賓館側からやって来た一団が、言葉に〝不粋〟の荷札を付け、存在感を撒き散らす。


 セリス越しに視界に入れたハドと、向き直るセリスは、合掌のまま頭を深く垂れる。この場面において、仕草と胸中は一致していないのは一般論にも浸透して久しい。


 セリスに至っては、顔が伏せられている事を利用し、しかめっつら。その気配は、同じ姿勢で見えないはずのハドには明確に伝わっていた。


「そんな、堅い挨拶なんて抜きだ。そんな事よりさ~、この世の死地へ行く前に、良い思いをさせてやるよ」


 二人の事実上の先輩であり、階級も上に立つ、フィーツ・ワイテ帝国の皇族に連なる貴族だった。

 帝国の貴族の子女の中には、一般教養と聖シャンナの教えを受けるため、授戒じゅかいする者が多い。


「前から目を付けてたのに、残念この上ない。何なら、そっちの白髪も混ざるか? 故郷を追われて、離散した民族の特徴、しっかり味わってやるよ」


 だが、彼らは帝国の権威を背景に、清貧をむねとする教義に反し色欲に浸る。過度な装飾を配した、最高級の白衣と袈裟に身を包む。生きる欲望を優先し、聖シャンナが聖法典を介しうたう教義を根底からむしばむ人種だった。


 想像できる風景から逃避したい二人は、礼節を盾にする。


 焦らされる貴族達が、私欲を満たす言動に移そうとした、次の瞬間。鏡面仕上げの大理石が敷き詰められる通路に、聞き苦しい鈍い音が転がった。


 悪態や、非難を喚く声。装飾品の重なる音。さすがに、少年達は姿勢を解く。


退け。俺の通り道を、邪魔してんじゃねぇぞ。このクソ貴族」





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