六の節 交流会。




 スーヤ大陸を横断し、主要幹線を繋ぐ世界一の大街道の名は、生命の道ブルド・フィーツ


 大陸で、最初の日の出を迎え、東で最も栄えるのは、セイシャンナ正教国セイキョウコク

 最後の日没を見送る、スーヤ大陸の西で最も栄えるのは、シザーレ眞導都市マドウトシ


 もう一つ。地理的に、ややセイシャンナ正教国セイキョウコク側に位置する〝フィーツ・ワイテ帝国〟。

 世界図のレーフにて、繁栄と富を掻き集める皇帝が統治する帝国領。最大の人口と軍隊を抱え、最新の文化を発信する役割を担っていた。


 レーフ暦・二一五年。


 〝人外大戦〟と語られる戦争は、初代・セイシャンナと、初代・シザーレがたもとを分かって以来、初めて大激突した眞導マドウ戦闘だった。


 眞導マドウを扱えない者が、立ち入れない戦闘内容は常軌を逸した。一夜で山野を平らに、湖を焦土に変え、本来の目的とは無関係な戦死者を生産する結果に至る。


 誰にも止められない大戦に、制止を叫ぶ堂々とした声が立つ。当時は帝国の片鱗もなく、労働者を大量に住まわせていた名前もない地域だった。

 雑多に集まる働き者達に、権威も武力も、戦略も立てられる訳がない。


 その切なる声に、応えた者達がいた。


 今も、世界レーフの地図に記載されない伝説の都と種族。天山玄都テンザンゲントまう、神獸族シンジュウゾクが介入したのだ。

 人外集団と揶揄やゆされた正教国セイキョウコク眞導都市マドウトシも黙るしかない。


 以来、平和を叫んだ働き者の集まりは、法典の教えと、神獸族シンジュウゾクを背景に置いた。権威、物資、多種多様の人種が集束し、帝国と呼ばれるまでに、急成長をげる。


 人外大戦の開戦のきっかけ。それは、眞素マソを扱える〝遣い手ツカイテ〟の奪い合い。


 悲劇の発端を文化的に収める場を、帝国は定期的に設けた。それが、交流会と呼ばれる人材交換だった。




 ◇◆◇




 淑女がまとうドレスのすそを思わせる帝都。小高い丘陵地に宮殿がそびえる。歴代皇帝により、増築を重ねられてなお左右対称の荘厳な建造物。特殊な偏光を見せる鱗状の屋根がハレの日の陽光を弾く。


 スーヤ大陸の、西部海岸線沿いの採石場。カヤナ大陸の北部の山岳地帯。そこから多数発掘された、化石化した稀少きしょうな竜種の鱗。


 主に、黒や濃藍色の鱗は宮殿や権力者の屋根材となって連なった。三の一五さんのいちごガッセ(約ろくメートル)に組み上げられているのは、同じ地層から出土した竜種の関節、末端部位にあるとげは尖塔の頂上を飾り、鋭く天空を貫く演出を添えた上に威厳を誇示した。


「本日、聖シャンナ側の見届け役は〝八聖ハッセイ璜準太師コウジュンタイシ〟だと伺っておりましたが?」


璜準太師コウジュンタイシは、急に体調を崩されたのです。何せ、繊細なお方でいらっしゃるので。私などでは場違いとは重々承知致しております。まことに、申し訳ございません」


 準備されていたであろう、淀みない卑屈な言い訳が、宮殿敷地内にある迎賓会館の大広間に漂う。


 シザーレ眞導都市マドウトシ側のクラーディアは、ひねりもない陳腐な空気の振動に対し、あからさまに不満を込めた溜め息を吐いた。

 それでも、美しい容姿が本来の不満を覆い隠し、セイシャンナ側の進行役人には艶やかに映る。


 性的魅力に溢れる美女の稜線りょうせんや、オスを誘う濃密な白百合の匂い。セイシャンナ側の男性陣は、生理反応を余儀なくされる者も少なくなかったが、セイシャンナの厚手の祭服がを覆い隠してくれた。


 無論、下心と言う名の色眼鏡越しだからこそ現れている。


「ご丁寧に、恐れ入りますわ。単なる興味です。代替わりされてから、璜準太師コウジュンタイシはエーメ・アシャント北壁戦線の陣頭に立ち、公の場には滅多にいらっしゃらない。そのお噂は聞き及んでおりましてよ。なので、一体どのような方なのかと。徳を積まれた、お姿を拝見したかったですわ」


 年齢不詳の妖しい笑みが真紅の唇に乗る。期待する返答の食い違いを、やんわりと指摘した。

 厭味いやみにも響く、遠慮のないシザーレ眞導都市マドウトシ側の美女の言葉に、セイシャンナ側の役人達は色眼鏡を外し始める。


 世界が共有する程、美の粋を集めた女性には違いない。乳白色の肌。長い黒髪を後ろにまとめ、結いながら流している。切れ長で涼しげな一重の瞳は胡桃色くるみいろ


 クラーディアが動くたびに揺れる、最も価値がある真珠と高価な宝石で彩られた装飾よりも、視線が行きがちになる場所がある。

 余裕がない礼服に浮き出る魅惑の稜線。特に胸元の両房が、異教徒の制服から解放を求め激しく主張する肢体だった。


 しかし、所詮は相反する油断ならぬ交渉相手だと、ようやくセイシャンナ側はえりを正す。


「失礼します。クラーディア教師。パシエ殿が、宮殿から下がられましたので、控えの間へとご案内致しました」


 不穏な壁が構築される中、聖シャンナ側の使者が気拙きまずい雰囲気を図らずも拭ってくれた。

 聖シャンナ側の使者の声に安堵したのは、同じ聖シャンナ側の役人達だけだった。


「恐縮ですわ。落ちこぼれなのに、そこまでしくださるなんて、パシエも感銘を受けた事でしょうに」


「は? 内親王殿下が賞賛される使役獣を飼い馴らす、騎士様ですよね」


 目的に合わせ、相手を支配し、従属させ行使する職種の一つに〝騎士キシ〟がある。


 今では広義となり、一括りになっていた。相手とは、農耕用の牛馬から、軍馬。運搬用の大型飛竜、使役獣にまでに至った。


 当然、パシエに従属する大きな白い犬は、一般的な観点から言えば〝使役獣〟となる。


「手続きを進めても?」


 心地好ここちよい言葉の交換が成立しない場所だと見限ったのか、クラーディアは公的な役割を果たす事にした。


「あ、はい。まずは、こちらの書面に、クラーディア教師の署名と、シザーレ印章の捺印なついんを願います」


「承知致しました」


 分かりやすいくらいの順位を知らしめたクラーディア。最後には、愛想も消した硬質な美女に収まり、滞りなく役目を終える事に集中する。


「ご安心下さいな。グランツ・ハーシェガルドは、我々シザーレの名に懸けて、彼の尊い生命を預かります」


 世間の噂を無視し、クラーディアは教師らしい眼光を胡桃色の双玉に宿す。


 既に、呑まれて圧倒されていたセイシャンナ側の役人達は、深々と一礼に代える事しか出来なかった。





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