【五十五丁目】「私は女でも構わん!」

 空に舞うものと地を駆るもの。

 通常交わらない両者が「追うものと追われるもの」になった場合、その優劣は歴然だ。

 決して手の届かない位置そらから、目標目掛けて一方的に狙うことができるため、地を駆るものにとって、空を舞うものは厄介な追跡者でしかない。


「くそ!」


 降り注ぐ矢を、神技的ドライビングテクニックで避けながら、“朧車おぼろぐるま”の間車まぐるま りんはバイクのミラー越しに追跡者の姿を睨んだ。

 妖怪神“天逆毎あまのざこ”である乙輪姫いつわひめによって、傀儡かいらいと化した“木葉天狗このはてんぐ”の一団が、矢をつがえる姿が見える。

 かの「牛若丸」こと、源義経が鞍馬山の天狗「鬼一法眼きいちほうげん」に武術を習った伝承にある通り、天狗達は皆「武芸十八般」に通じた強者揃いである。

 加えて「秋葉三尺坊大権現あきはさんじゃくぼうだいごんげん」の眷族ともなれば、もれなく精鋭集団だ。

 その頭領である秋羽あきはが加わったせいか、木葉天狗達の攻撃は、昨日よりも精度が増していた。


「いきな!【炎情軌道えんじょうきどう】!」


 輪と並んでを疾走する“片輪車かたわぐるま”の妃道ひどう わだちが、妖力を振るい、バイクの後輪から炎の飛礫つぶてを散弾銃の様に放つ。

 それを回避するため、木葉天狗達の追撃速度がいくらか落ちた。

 妃道が続けているこの攻撃は、威力は弱いが、広範囲をカバーし、かつ木葉天狗達を殺傷する危険性もないため、牽制としてはなかなか有効な手段だ。

 だが、手段としてこれ以外に手立てがないのも事実だった。

 輪の【千輪走破せんりんそうは】では、加減が難しい上に、そもそも空中の相手には手を出しにくい。

 そのため、彼女としては不服だが、牽制を妃道に頼り、ひたすら逃げるということしか出来なかった。


「見ろ、間車。ちょうどいい森がある。あそこを突っ切るぞ!」


 妃道が言う通り、前方に鬱蒼と生い茂った森が見えてきた。

 輪は頷いた。

 成程、あそこなら生い茂る木立で上空からの追撃を阻害出来そうだ。


「あー、くそ!やっぱ、やられっぱなしってのは性に合わねぇ!」


 森に入って一息つくと、フラストレーションが溜まったのか、輪がそう叫ぶ。


「二、三匹墜としたらダメかな?やっぱ」


「ダメに決まってんだろ。何考えてんだ、お前」


 妃道が、呆れ顔でそうつっこむ。

 輪は唇を尖らせた。


「だってよぉ、いくら陽動作戦つっても、あのザコJKまで釣れなかったし…よっと!」


 迫る木立を器用に避けつつ、輪は続けた。


めぐる達の方が片付くまで、こうやって逃げ回るってのもなぁ…とっととこいつらブチのめして、巡達の手助けに行った方がいいんじゃね?」


「そりゃあ、そうだけど…なっ!」


 倒木を鮮やかなジャンプで乗り越え、妃道は応じた。


「木葉天狗はともかく、あの秋羽ってのはどう考えてもヤバイ…!?」


 ミラー越しに上空を見ていた妃道が、不意に焦った様に叫ぶ。


「気を付けろ、間車!秋羽やつが消えた!」


「チッ!マジか!」


 妃道の言葉に、輪もミラーに目をやった。

 枝葉で見えにくいが、確かに、今まで配下と共に追撃していた秋羽の姿が見えない。


「いた!右だ!」


 再び妃道が警告を発する。

 見れば、巨大な白狐びゃっこの背に乗った秋羽が、輪達と並走していた。

 四肢に白蛇を絡ませた、虎の様な大きさの狐だ。

 バイクで圧倒的なスピードを出しているのにも関わらず、白狐は四足獣にあるまじき速度で輪達に追いすがる。


「何だよ、ありゃ!?」


「狐だろ、でっかい」


 目を丸くする輪に、妃道が答える。


「んなのは見りゃ分かる!何で狐なんだよ!?」


「あたしが知るか」


 二人は知らなかったが、天狗神たる“三尺坊”は白狐の背に乗り、剣と羂索けんさくを持った烏天狗からすてんぐの姿で表される。

 高い知能を有しているのか、白狐はさかしい目の光を宿し、小馬鹿にしたように輪達を伺っていた。


「気に入らない目つきの狐だね」


「妃道、やっちまえ!」


「言われなくても…いきな!【炎情軌道】!」


 妃道の駆るバイクの後輪から、炎弾が放たれる。

 先程までの散弾状のものではない。

 以前“スネークバイト”で、輪に向かって放たれた本気の炎弾だ。

 大気を焼き、ついでに木立ちも焼きつくしながら迫る炎弾に、秋羽は驚いた風もなく、真言を唱えた。


「オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ」


 瞬間。

 秋羽に迫っていた炎弾が、跡形もなく消失した。

 思わず目を剥く輪と妃道。


「手加減が過ぎるぜ、妃道!」


「…いや、違う」


 輪の非難に、妃道が否定しながら歯噛みする。


「思い出したよ。三尺坊…こいつはあたしにとってだ…!」


「天敵!?」


「ああ。確か、三尺坊あいつの妖力は“火伏せ”だったはず…要するに、火に対して絶対の防御法を持ってやがるのさ」


 妃道の言葉通り「秋葉三尺坊大権現」は、古くから火難除けの霊験で全国で知られており、その信仰も厚い。

 有名どころでは、オタクの聖地「秋葉原」の地名も、三尺坊が本拠地とする「秋葉山」の「秋葉」を組みこみ「火除地」としての由来を有している。

 攻撃手段を奪われた二人を前に、秋羽は自らが跨る白狐に命令を下した。


「…やれ、火納天かなで


 火納天と呼ばれた白狐は、不意に口を開くと青白い炎を吐き出した。

 青い炎は大蛇の様にかま首をもたげ、二人に襲い掛かる。

 慌ててハンドルを切る輪と妃道。

 間一髪、炎を避けた輪が怒鳴った。


「火除けの神様のクセに、放火していいのかよ!?」


「まったく、派手にやってくれるじゃないか…ん?」


 ミラー越しに背後を見た妃道が、目を見開く。


「…ヤバい。間車、全力でとばせ…!」


「はあ?何だよ、急に…」


 チョイチョイと背後を指差す妃道に従い、輪は背後を振り向いて息を呑んだ。

 先程やり過ごした青い炎が、今度は本物の炎の大蛇となって二人を追い掛けてきていた。

 木立をすり抜け、正に生きているかの様に接近してくる。

 黒い口腔から炎の息を発し、悪夢の如きスピードで迫る大蛇は、ちょっとしたモンスターパニック映画の様だった。


「げ」


 呻きながら、輪は妃道と共にアクセルを全開にする。

 捕まれば、丸呑みの前に黒焦げだろう。

 更に加速する二台のバイク。

 が、白狐に跨った秋羽も、炎の大蛇も、振り切られること無く追いすがって来る。

 更にはそうこうしているうちに、森も抜けてしまった。

 見計らった様に、上空から追跡していた天狗衆が、一斉に弓を構え始める。

 それを見た妃道が、輪に向かって言った。


「チッ…おい、間車。もう一度森の中に入ってやり過ごすか?」


「いや…このまま行く」


 輪は正面を向いたまま、そう答えた。


「正気か?このままじゃ、上から下からやりたい放題されるぞ!?」


「いいから!このまま直進しろ!」


 自棄ヤケになったのかと思い、妃道は輪を見た。

 が、輪は珍しく冷静な表情だった。


「…打ち合わせ通りなら、もうすぐのはずだ」


 何が、と聞く前に妃道は前方の草原に立つ人影に気付いた。


「誰だ、あのバカは!」


 このまま行けば、確実に天狗衆の攻撃や炎の大蛇に巻き込まれる。

 助け出そうと速度を上げかける妃道に、輪が叫んだ。


「妃道、構うな!このまま走り抜けろ!」


「何だって!?」


 人命を無視しろというのか?

 怒鳴りそうになった妃道へ、輪は続けた。


「いいから止まるなよ!でないと、!」


 速度を上げる輪。

 訳が分からないまま、妃道も続く。


 そして…


 風が吹いた。

 いつの間にか曇天模様となった空が、不気味な影を落とす。

 草原に広がるのは…血臭。

 禍々しく、凶々しく。

 黒い髪がなびき、踊る。

 迫りくる爆音を捉え、人影は朱を引いた唇に笑みを形作った。


「任せたぜ、あねさん!」


 人影の横をすり抜けざまに輪が叫ぶ。

 バイク二台が人影の両脇を通り過ぎると、双角を生やした女は閉じていた目を開いた。

 無慈悲な光を湛えた金色の瞳が、追手を見据える。


「御苦労」


 その手に、剣の様な巨大出刃庖丁が突如出現する。

 曇天を映した灰色の刃は、鈍い輝きを放ち、獲物を待ち受けた。

 迫り来る追手の中から、炎の大蛇が速度を上げる。

 巨大な口腔を広げ、女に襲い掛かる大蛇。

 大きく鎌首をもたげ、大蛇は女の頭上から襲い掛かると、その体をひと呑みにした。

 瞬間、その脳天から刃が突き破って出てくる。

 そのまま、炎の大蛇は頭を内側から無残に切り裂かれた。


「…しかし、だ」


 周囲に、青い炎の残滓ざんしが、まるで雨ように降り注ぐ。

 その中で、女…黒塚くろづか 姫野ひめの鬼女きじょ)は続けた。


「『姐さんはよせ』と言ってるだろう、間車」


 伝説の鬼女は嘆息しながら、手にした巨大出刃包丁を妖しく舐めた。


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 「エ、エルフリーデさんまで!?」


 僕…十乃とおの めぐるは驚きのあまり目を見開いた。

 強大な力を持つ“天毎逆”こと、乙輪姫によって窮地に立たされていた僕と沙槻さつきさん(戦斎女いくさのいつきめ)を助けてくれたのは、以前知り合った二人の特別住民ようかい…“彭侯ほうこう”の樹御前いつきごぜんと“七人ミサキ”のエルフリーデさんだった。

 彼女達は、それぞれ強力な力を持つ古い存在である。

 気ままに出歩くエルフリーデさんはともかく、樹御前が自らの領域テリトリーである“北無きたなしの森”から出るなんて極めて珍しい事態だ。

 二人とも、何でこんな場所にいるのだろう?


「久し振りだな、十乃トオノ。しばらく見ないうちに、随分と可愛らしくなったではないか」


 女性化した僕に、エルフリーデさんが艶っぽい笑みを向けてくる。


「ご、ご無沙汰してます。そちらはお変わりないようで…」


 僕はぎこちない愛想笑いで返した。

 実は以前、とある事件の中で彼女と知り合った際に、僕は彼女にキスされた事がある。

 予告なしの不意打ちとはいえ、彼女が僕のファーストキスの相手であることには変わりは無く、そのせいか、僕は彼女を前にすると、気恥ずかしさもあって何となく物怖ものおじしてしまうのだった。


「うむ。何しろ霊体だからな。怪我や病気もなければ、年をとりようもない」


 そこで、エルフリーデさんはウインクしながら、自分の唇に人差し指を当てた。


の味も変わっていないと思うぞ。何なら今すぐ確かめるか?ん?」


 からかう様に、余計なひと言を述べるエルフリーデさん。

 僕は真っ赤になって盛大に慌てた。


「ななななななんでそーなるんですかっ!?」


「照れる必要はあるまい。からお前は私の伴侶も同然。ならば、自然なことではないか」


 びきいいいいいいいいいいいん。


 瞬間。

 空気が凍りつく音がした。


「…とおのさま」


 あの世から聞こえてきたような低い声に、背筋が硬直する。

 恐る恐る振り向くと、先程の鬼相もかくやという感じで、沙槻さんが僕を睨んでいた。

 しかも、うっすらと涙目になっていて、何というか…罪悪感をグサグサ刺激してくる。


「な、何でしょう…?」


「いま、そこのがいったことは、ほんとうでしょうか…?」


「へ?い、いや!それは誤解です!僕は結婚なんかしてないし、彼女もいませんから!」


「つれないな。あんなに濃厚な口づけを交わしておいて。十乃のいけずめ」


「あれは貴女が強引にしてきたんでしょうっ!?」


 僕がそう反論すると、


「く、くちづけ…!?」


 沙槻さんは、ショックによろけると、耐えかねたようにハラハラと泣き出した。


「そ、そんな…わたしだって、してもらっていないのに…こんななんかに…!」


「うむ。悪く思うなよ、娘。征服するは我にあり。次は夫婦の契りを交わしてみせよう…!」


「それはさせません!ぜったいだめです!とおのさまはわたしとになるんです!」


 そして、顔を赤らめ、恥じらう様に、


「そして、いずれはかわいいあかちゃんを…♡」


 そして、蜂蜜妄想ハニートリップに突入する沙槻さん。

 そんな彼女に、エルフリーデさんが口角を上げて笑う。


「ほう…要は宣戦布告という訳か。面白い。受けてたつぞ、娘…!」


「のぞむところです!だいたい、じょせいになったとおのさまをまどわそうとするなんて、にもほどがあります!」


「私は女でも構わん!」


 え?

 いいのっ!?


「むしろ、そちらも好みだ!」


 はばかることなく、胸を張るエルフリーデさん。

 その発言に、沙槻さんの彼女を見る目が変わる。


「あ、あなた、もしや…」


 ワナワナと震える沙槻さん。


「へ、へんたいというしゅべつのひとですね!?」


「変態ではない。愛とは崇高にして深遠なもの。既定の価値観のみに縛られていては、本当の愛は見えないのだ」


 心外だという顔でエルフリーデさんは続けた。


「それに『時に侵し、蹂躙し、時に導き、抱擁する…征服者の愛とはかくあるべし』と、我らが総統フューラーも仰っておられた」


 馬上鞭をしごき、冷酷に笑うエルフリーデさん。


「故に、リーベとは闘争カンプフに他ならない!そして、我が愛を阻む者は殲滅せんめつあるのみ…!」


 Love is War

 何とも豪快な恋愛観である。

 そして、この人は、清々すがすがしいくらいに肉食系だった。


「かえりうちです…!」


 いつになくる気満々の沙槻さんが、大幣おおぬさを構える。

 元気になってくれたのはいいが、いつもの沙槻さんとのギャップが凄すぎる。

 期せずして、対峙する恐怖の怨霊軍団と退魔の巫女。

 他をそっちのけで睨み合いになる。

 僕は慌てて二人の間に割って入った。


「ちょ、ちょっと!二人で何盛り上がってんですか!?今はそれどころじゃないでしょう!」


「いや、痴情のもつれは下手にうやむやにすると余計にこじれるというぞ。ここは思う存分、やらせるがよいのではないか?」


「御前様までナニあおってんです!?そもそも、痴情とかそーいうの無いですし!」


 訳知り顔で頷く樹御前に、僕はツッコミを入れる。


「ねー、それでオチはー?」


「「「漫才じゃない(ありません)!!」」」


 いい加減、待ちくたびれた様に割り込んできた乙輪姫に、僕とエルフリーデさん、沙槻さんの声がハモる。

 …何か奇妙な既視感デジャブがあるなぁ。


「まー、何でもいいけどさー」


 乙輪姫はエルフリーデさんをチラリと見た。


「これがもう一人の援軍ー?」


 両手の鎖分銅をあっさり引き千切ると、乙輪姫は『SEPTENTRIONセプテントリオン』を胡散臭そうに見やった。


「何かと思えばー、ただの怨霊じゃんー?」


「フッ、私達が『ただの怨霊』かどうかは、今から念入りに教示してやろう」


 エルフリーデさんがそう言うと、控えていた無貌むぼうの一人が彼女の脇に立った。


司令官コマンダント、相手は仮にも神霊級です。ここは慎重に参りましょう」


 しゃ、喋った…!?

 いま、喋ったよ、あの無貌の人!


「ああ、分かっている、アルベルタ。そのために、今回は我らもわざわざで来たのだからな」


「本隊って…どういうことです!?」


「文字通りだよ、十乃。お前達と出会ったあの時の『SEPTENTRIONセプテントリオン』は、私の力で一般市民の若者を徴兵して編成した、いわば仮設部隊だった。しかし、今ここに居る六人は、正真正銘、私の直属の部下。いわば、本物の精鋭部隊たる『SEPTENTRIONセプテントリオン』だ」


 エルフリーデさんの言葉が終わると同時に、彼女の周囲に居た六体の無貌に変化が生じる。

 それぞれの顔を覆っていた無明の闇が晴れ、その素顔が明らかになっていった。


「お初にお目にかかります、十乃様。私は副司令官を務めております、アルベルタと申します。以後、お見知りおきを」


 そう言って一礼したのは、先程言葉を発した無貌だった。

 その素顔は、ショートの銀髪で眼鏡をかけた、エルフリーデさんにも劣らぬ長身の美人だった。

 印象としては冷静沈着な参謀といった感じである。


「あたしはバルバラ!よろしく頼むぜ!」


 威勢の良い感じの、頬に傷跡のついた赤毛の女性がそう声を掛けてくる。

 アルベルタさんとは正反対の、熱血特攻隊長といった感じだ。

 何か、間車さんに雰囲気がよく似ている。


「カサンドラよ。貴方が十乃ね…まったく、司令官コマンダントもこんなのが良いなんて、物好きね」


 いきなり不躾ぶしつけな台詞を言ってきたのは、銀髪をツーサイドに分けた小柄な体格の少女だった。

 何が気に食わないのか、僕を敵意を込めた目で見ている。


「フフ…違う、違うぞ『ファフニル』…十乃あれは獲物ではない…乙輪姫あっちが獲物だ…ククク…」


 大きな軍刀サーベルを抱えてブツブツとそう呟いているのは、眼帯をした一本おさげの女性だった。

 視線は虚ろで、口元には不気味な笑みが浮かんでいる。

 演技なのか分からないが、腕の中の軍刀が今にも抜き放たれるかの様に、カタカタ鳴っていた。


「ディートちゃん、挨拶はちゃんとしないとダメだよ?…あ、私はフリーデリーケです。この娘こはディートリントっていいます。ちょっとアブない目をしてるけど、基本大人しいから仲良くしてあげてください」


 礼儀正しくそう名乗ったのは、ごく普通の少女に見える長い茶色い髪の女の子だった。

 揃いの厳めしい黒い軍服も、この娘が着ているのを見ると、コスプレにしか見えない…そんな雰囲気の朗らかな少女だ。


「…ゲルトラウデ…」


 最後にそう名乗ったのは、何と小学生くらいの女の子だ。

 少しだぶだぶの軍服に、クマのぬいぐるみを抱えた白金髪プラチナブロンドの可愛らしい少女である。

 人見知りなのか、フリーデリーケさんの背後に隠れて、モジモジしながらこちらを見ていた。


「これがドイツ第三帝国が誇る精鋭部隊『SEPTENTRIONセプテントリオン』だ!」


 誇らしげに馬上鞭を振るうエルフリーデさん。


 うーん…


 素直に言えば、僕は反応に困った。

 正直、もっとこう軍隊っぽい厳めしい容貌の面々が揃っているのかと思ったが…何というか、想像の斜め上をいっていた。

 しかも、全員女性とは驚きである。

 見た所、全員エルフリーデさんの部下っぽいが、彼女達は志願して“七人ミサキ”になったのだろうか?


「ご託はいいからさー」


 乙輪姫が興味なさそうに、ネイルに息を吹きかけて言った。


「さっさと始めないー?」


「いいだろう…各個戦闘配備!」


 エルフリーデさんの号令の下、バルバラさんとカサンドラさん、ディートリントさんが前衛に立つ。


「ハッハー!神様相手にドンパチやれるなんてご機嫌じゃん!」


「フフ…もうすぐだ…もうすぐにえの血肉を味あわせてやるぞ『ファフニル』…ククク」


「うるさいわね、ディート!まったく、ただの軍刀サーベルに何言ってんだか…」


「違う。こいつは“悪竜王”の牙から削り出された呪われた闇の魔剣。抜く者と歯向かう者に死をもたらす冥界からの使者…」


「あーもう!毎度ながら何とかなんないの、その中二病設定!」


「無駄口を叩くな、お前達」


 副官のアルベルタさんが一喝する。


「フリーデリーケ、ゲルトラウデも準備はいいな?」


「はーい、いつでもどうぞ」


「(コクリ)」


 二者二様の返答をする二人に、エルフリーデさんは馬上鞭を振るった。


「蹂躙せよ…!」


 瞬間、前衛の三人が迅雷の如く走り出す。

 そのまま一気に間合いを詰め、右手からバルバラさんがごつい手甲で殴り掛かった。


「わおー」


 すんでのところでそれを避ける乙輪姫。

 が、今度は右側からカサンドラさんが両手に持った曲刀カトラスで斬撃を放つ。

 右、左と空を切った瞬間、


「まだよ!」


 何と両手の曲刀を組み合わせて巨大なはさみを作り出し、乙輪姫の首を狙った。


「ちょいなー」


 首をすくめて避けるも、今回は数条の髪の毛が切断される。


「あーっ!もー、何てことすんのよ、サイテー!」


 非難するその眼前に、黒い影が迫る。

 軍刀を抱いたディートリントさんが、乙輪姫と鼻を突き合わせる距離で立ち止った。


「さあ、『ファフニル』」


 ニンマリ笑うと同時に、腕の中の軍刀がひとりでに鞘走る。

 どういう機巧からくりなのか、ディートリントさんが指揮棒タクトを振るう様に指を走らせると、それに合わせて軍刀が舞い踊り、乙輪姫に襲い掛かった。


「何よ、これー!?」


 物理法則を無視した剣舞に、乙輪姫も目を白黒させる。

 慌てて距離を取ろうとした瞬間、彼女の両脇で逃げ道を塞ぐように、砲撃が着弾した。


「うわっぷ、今度はなにー!?」


 舞い上がる土埃。

 乙輪姫が目を凝らすと、その先に、大量の戦車タンクの玩具を従えたゲルトラウデさんの姿があった。


「南東の風、風速良し。距離50m。仰角42度…良いぞ、ゲル」


 傍らに立つアルベルタさんが、眼鏡に手を当て、精密射撃の補佐をする。


「…」


「え?うそ、何よ、それー!」


 ゲルトラウデさんが無言で乙輪姫を指差すと、一斉に戦車大隊が火を吹いた。

 玩具とはいえ、本物もかくやという轟音が響き、乙輪姫は爆煙に呑まれた。


「うひゃー、相変わらず手加減ないね、ゲルちゃんの機甲師団パンツァーディヴィジョン


 こちらは何故か救護箱を持って待機しているフリーデリーケさん。

 衛生兵!?

 衛生兵なのか!?


「よし、射撃停止」


 エルフリーデさんの指示で、砲撃が止む。

 風に爆煙が晴れると、すすだらけになって咳き込む乙輪姫が現れた。

 直撃は避けたようだが、至近弾はあったらしく、天女の様な衣装がところどころ焦げついている。

 乙輪姫は、納得いかない様子で叫んだ。


「ちょっとー!怨霊のくせに、何で近代兵器なんか使ってんのよー!」


「バカめ、我々が何年戦争やっていたと思っている」


 ピシリと馬上鞭を鳴らすエルフリーデさん。


「それに、精鋭たる我々は常勝のため、常に進化しているのだ」


 意気揚々と馬上鞭を振るうエルフリーデさん。


「近接戦陣形“Sturmシュツルム・ undウント・ Drangドランク”展開!」(※ドイツ語で『疾風怒濤』の意)


おうっ!」


「了解です」


「ククク…そうか、血が欲しいか『ファフニル』」


 バルバラさん、カサンドラさん、ディートリントさんの前衛三人組が、息もつかせぬ猛攻を再開する。

 三者バラバラの攻撃方法なれど、その連携は目を見張るものがあった。

 一人を避ければ、次の一人が回避先にいる…機動力のある間車さんを寄せ付けなかった鉄の連携が、いままた再現されている。


「あーもー、ウザい連中ー!」


「次、右へ仰角40度…発射フォイア


「…」


「えっ?ちょ、またぁぁぁっ!?」


ドドドドドドドッ!!


 アルベルタさんの誘導で、ゲルトラウデさんの機甲師団が退路を塞ぐ一斉砲火を放つ。


 近間にて切り結ぶは地獄。

 遠間へと退くも地獄。

 まさにアリ地獄の様な布陣だった。


「ハハハハ…踊るがいい、異教の神よ!灰燼かいじんに帰すまで付き合うぞ…!まあ、ずっと我々のターンだがなっ!」


 爆炎が立ち上る戦場を見つめながら、哄笑するエルフリーデさん。


「…これ、どちらがなのでしょう?」


わらわに聞かれてもな」


 戦いの主導権を握り続ける“七人ミサキ”に、すっかり観客ギャラリーとなった沙槻さんと樹御前がそう呟いていた。

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