【四十二丁目】「そんな仕事が、あるのか…」

 夕食時。

 大きめの座敷に並べられたお膳の前で、全員で食事をとった。

 ここ…民宿「しおさい」は、僕達が滞在する間、完全に貸し切りということもあり、皆で気兼ねなく夕食を楽しむことが出来た。

 出て来た料理は、豪勢という訳ではなかったが、海の幸と山の幸が惜しみ無く使われた、とても美味しい料理ばかりだった。

 海も山も近いため、食材の入手には困らないのだろう。

 それに、宿を切り盛りするお婆ちゃんの昔懐かしい味付けも、特別住民ようかいの皆さんには好評だった。

 例え外見は人間の若者と変わらなくとも、彼らは古くから存在する妖怪だ。

 現代の食事にも強い興味を持っている妖怪も多いが、やはり、昔ながらの料理を好む傾向にある。

 きっと、この民宿が合宿定番の宿泊地になっているのも、それが理由の一つなのかも。

 食事中は、民宿のお婆ちゃんが、甲斐甲斐しく給仕を行い、孫娘だという黒華くろかちゃんもそれを手伝っていた。

 まだ、中学校くらいの子だが、手慣れた様子でお婆ちゃんの指示通りに動き、給仕を行っていく。

 とても可愛い子なのに、あまり表情を変えないのが印象的だった。

 きっと、笑えば更に可愛くなるだろうに…そう思いながら、何となく、家に残してきた妹・美恋みれんの事を思い出す僕だった。

 やがて、楽しい夕食も終わり、各自がくつろぐ時間となった。

 僕はといえば“一反木綿いったんもめん”の飛叢ひむらさん、“赤頭あかあたま”の釘宮くぎみやくん、“針女はりおなご”の鉤野こうのさんと、民宿の玄関脇に備わった応接セットで、昼間の三人組の話をしていた。

 先に開催された『第壱回降神町グルメ選手権』以来、この三人とは集まって話をする事が多くなった気がする。


「あれからよく考えたんですが…」


 周囲に人気が無いのを確認してから、僕はおもむろにそう切り出した。


「今回の一件、やっぱり主任には報告しておこうと思うんです」


 それに鉤野さんが頷く。


「そうですわね…わたくし達以外の他の方が、何も知らずあの場所に入り込んだら、大事になるかも知れませんし」


 入浴を終えた今、鉤野さんは浴衣姿になっている。

 少し前に起きた女湯での一騒動(あまりさんのノゾキ事件)では髪の毛を振り乱して暴れていたというが、今はしっとり湯上がり美人に落ち着いていた。


「けどよ、いいのか?『地元の妖怪と一戦交えました』なんて報告したら、お前んとこの主任も黙っちゃいないぞ?」


 半袖をまくったTシャツ姿の飛叢さんが、そう言ってくる。

 あの後、女湯から聞こえて来た余さん(精螻蛄しょうけら)の断末魔の声を聞くや否や、僕と飛叢さんは脱兎の如く男湯を逃げ出した。

 そして、取りあえず男湯は居なかったていを装うことにしたのだった。

 今のところ、女性陣から厳しい追及が無い所を見ると、上手く誤魔化せているようである。


「仕方ありません。そもそも、こちらから喧嘩を吹っ掛けた訳でもないですから、主任も分かってくれると思います」


「でも…もし、それで警察沙汰になったら、あの三人はどうなるの…?」


 そう言った僕に、釘宮くんが心配そうに聞いてくる。

 彼に合う子どもサイズの浴衣が無いため、今は自前のシャツと半ズボン姿だ。

 あの後。

 余さんと共にノゾキ現行犯として捕縛された釘宮くんだったが、結論から言うと「無罪釈放」となった。

 捕縛後、釘宮くんは事の次第を全部正直に話し、自分に非があることを告げたそうだが、それでも「悪いのは全部、コイツ」ということになったらしい(この辺は、日頃の行いがものを言ったのかも知れない)。

 まあ、ノゾキをしたとはいえ、釘宮くん自身は、女性陣の迫力に満ちた追撃のショックで終始号泣していたとか。

 で、母性本能のくすぐるその容姿も手伝い、最終的には女性陣になだめられ、汚れた身体を洗ってもらったんだそうだ。

 一応「お仕置き」と称して、彼女達の背中を流す三下をやらされたらしいが…何ともうらやま…いや、疑問が残る結果である。

 まさかとは思うが、間車さん達は、釘宮くんが成人男性であるということを、完全に失念しているのではなかろうか…


「そりゃあ、お前…ただでは済まねぇだろうな」


 飛叢さんが難しい顔で腕を組んで言う。

 知っての通り、特別住民ようかいは、総じて超常的な力を持つ存在だ。

 必然、非力な人間に害を及ぼした際の法的・社会的な追及は人間の比ではない。

 人間の僕に力をふるったと警察にばれたら、あの三人組も何らかの追及は免れないだろう。

 少し考えてから、僕は顔を上げて言った。


「…あの三人組には、何か事情があるのは間違いないと思います。だから、僕としては警察沙汰にするつもりはないですし、力になれる事があれば、協力してあげたいと思ってます」


 僕の言葉に、何故か三人が顔を見合わせて微笑する。

 …?

 何か、変な事を言っただろうか?

 …あれ?

 以前もこんな空気を感じた気がするが、いつのことだったっけ…?


「十乃さんの考えに異議はありませんわ」


 鉤野さんが続ける。


「そうなると、もう一度会って話す機会があれば、その辺の事情を探ることもできるでしょう。ですが…」


「うん。仮にあの三人を探すとして、地元で聞き込みなんかしたら、逆に噂を広めることになっちゃうかも…」


 釘宮くんの言う通りだ。

 彼らとのいきさつを考えると、今回の場合、下手な人探しが悪い結果に繋がる事もあり得る。

 もっとも、何の手掛かりが無いわけではない。

 三人組と遭遇したあの浜辺に行けば、もしかしたら、また会う事が出来るかもしれない。

 でも、今度は上手く立ち回らなければ、また不要な衝突を繰り返すことになる。


「参考までに聞くけどよ、そいつらどんな面構えだったんだ?何か特徴とか無いのか?」


 唯一、三人組を目にしていない飛叢さんが、僕達にそう聞いてくる。


「ええと“磯撫いそなで”と名乗った男性は、スラリとしてて…歳は僕と同じくらい。そうそう、足元まである髪の毛を後ろで一本に束ねた、イケメンでした」


「へぇ、長髪のイケメン、か…」


「“牛鬼うしおに”のお姉ちゃんも、十乃兄ちゃんと同い年ぐらいだったよ。金髪で身体が大きくて、肌が浅黒い女の人だった」


「ふんふん、金髪のガングロ大女、ね…」


「三人目は男性でしたわね。黒い衣服で何か掴みどころが無くて…正体は分かりませんでしたが、妖力も初めて見るものでした」


「ほー。そうなのか」


 僕達が三人組の特徴を語ると、頷いていた飛叢さんは、おもむろに僕の後ろ…玄関の方を指差した。


「ところで…そいつらの特徴、聞いた限りじゃ、あいつらっぽく見えるんだが…」


 は…?

 目が点になる僕達三人。

 その耳に、


「こんばんはー」


「婆ちゃん、いるー?頼まれてた魚、届けに来たぜー」


 声に振り向くと。

 玄関に、なぎと大きな段ボールを担いだかがりが立っていた。


「あ、貴方達!」


 思わず声を上げ、腰を浮かす鉤野さんに気付いた凪が、ギョッとなって目を剥く。


「お、お前ら、昼間の…!」


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「驚いたよ。まさか、ここの宿泊客だったとはな」


 離れにある座敷で、車座になると、凪がそう切り出した。

 座には僕以外に、飛叢さん、釘宮くん、鉤野さんの妖怪三人組に加え、凪と篝を加えた計六人が揃っていた。

 手っ取り早く再会できたのはいいが、いきさつがいきさつなので、玄関で堂々と話し合う訳にもいかない。

 そこで、お婆ちゃんに頼み込み、内緒でわざわざ場所を設けてもらったのである。


「ここでやり合うつもりは無い」


 という凪の言葉もあったし、とりあえずいきなり喧嘩になる心配はなさそうだが…


「驚いたのはこっちも同じですよ。お二人とも何故、ここへ?」


「魚を届けにに来たのは見てただろ?俺達は地元で漁師をやってるんだ。んで、ここはお得意さんってわけ」


「漁師…」


 思わず二人をまじまじと見てしまう。

 彼らは海の妖怪だから、漁師は天職と言えば天職なのだろうが…

 この二人が漁船に乗って漁をしているなんて、何かイメージが狂うなぁ。


「まあ、それはいいとして、だ」


 凪は、縁側の外を指差し、恐る恐るといった風に聞いた。


「外のアレは…一体何なんだ?」


 彼が指差した方には、奇怪なオブジェがあった。

 率直に言えば、江戸時代の罪人の如く、磔台はりつけだいに晒された裸の男である。

 彼は全身あざや傷だらけだった。

 一応、生きてはいるようで、時折、思い出し笑いなのか「デュフ…デュフフ…」といかがわしい笑い声を発している。

 額に張られた「天誅」と書かれた紙のせいで顔は分からないが…


 完全に余さんだよね。アレ。


 あれから夕食時にも姿を見せず、行方も生死も不明だったが。

 こんな場所で見せしめに晒さらされていたとは…


「…ただの身内の不祥事ですわ。お見苦しいでしょうけど、無視してくださいませ」


「いや、でも…何か、笑ってるんだが…」


「無視!して!くださいませ…!!」


 鉤野さんの異様な迫力に、あの篝ですら口をつぐむ。

 ちなみに、僕と飛叢さんは目を逸らし、釘宮くんはちょっと涙目になっていた。


「あー…そ、そうだ!」


 飛叢さんが思い出した様に口を開く。


「こいつらから聞いたぜ。お前ら、一方的に喧嘩売ってきたらしいな。一体どういう了見だ?事と次第によっちゃ、俺も黙っちゃいねぇぞ」


 うわ。

 飛叢さん、最初っから喧嘩腰だ。

 それに凪が質問で返す。


「あんたは?」


「“一反木綿”の飛叢だ。ま、こいつらの兄貴分みたいなもんだ」


「ちょっと!勝手に手下にしないでくださる!?」


 鉤野さんが飛叢さんに抗議する。

 僕と釘宮くんが宥めていると、凪は意外な行動に出た。


「そうか…いや、悪かった。この通りだ」


 そう言うと、あっさり頭を下げたのである。

 あまりに潔かったので、喧嘩腰だった飛叢さんも拍子抜けしたような顔になっていた。

 逆に篝が色めき立つ。


「ちょっと、凪!頭なんか下げる必要無いよ!あたいらは何も悪いことはしてないだろ!」


「ああ…だが、知らなかったとはいえ、婆ちゃんとこの客に手を出したんだ。筋は通さねえと、な」


 うーむ。

 会話から察するに、ここのお婆ちゃんは随分と彼らに慕われているようだ。

 そういえば、先刻も魚を手渡す際、二人とも実の祖母に接する孫ような表情を浮かべていた。

 凪の言葉に、項垂うなだれていた篝はしぶしぶ頭を下げた。


「…悪かった。ごめん」


 大柄な彼女が、小さな女の子の様に身を縮ませて謝罪する様子に、ちょっと顔がほころんでしまう。

 凪だけでなく、彼女も根は素直そうだ。


「いえ。お互い大した怪我もなかったんだし、その件はこれでおしまいってことにしましょう。ね?」


 最後の問い掛けは、鉤野さんと釘宮くんに向けたものだ。

 二人とも、それに頷いて応えてくれた。


「まあ…お前らがいいなら、俺もいいけどよ」


 こうなれば、飛叢さんも矛を収めざるを得ない 

 これで昼間の一件は片付いた訳だが…


「代わりと言っては何ですが…お伺いしたい事があります」


 居住まいを正すと、僕は続けた。


「何故、あんな真似を?それに…あの浜に『二度と近付くな』と仰ってましたね」


 僕の言葉に、凪は無言だった。


「宜しければ、事情を話してもらえませんか?昼間も言いましたが、僕は降神町おりがみちょう役場の特別住民支援課の職員です」


「特別住民支援課…?」


「ええ。十乃さんは、私達妖怪が人間社会に適合できるように…そして、人間が妖怪に理解を持つように、互いの橋渡しをしてくれるお仕事に就いていらっしゃるのですわ」


 不思議そうな顔の篝に、鉤野さんが、優しく言い聞かせるように説明する。


「妖怪と人を…」


 凪の目に見開かれる。


「そんな仕事が、あるのか…」


「まだ、新米ですけどね」


 僕は鼻の頭を掻いた。


如何いかがです?話だけでも聞かせてはもらえませんか?」


 僕は二人の目を真っ向から見つめ、そう告げる。

 「妖怪を相手に交渉をすること」が僕の担当だ。

 その基本は、人間相手と同じ「誠意を見せる」ことにある。

 相手の立場・抱えている事情を聞き、それに誠意をもって応えることが重要なのだ。

 顔を見合わせる凪と篝。


「…分かった」


 凪は静かに語り出した。

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