【四十一丁目】「…スキンシップ?みたいな?」

「マジかよ!?バッカ、俺にもひと声かけろっての!」


 民宿「しおさい」の露天風呂(男湯)。

 昼間の出来事を聞いた“一反木綿いったんもめん”の飛叢ひむらさんが、大声を上げる。

 他の特別住民ようかいの皆さんが、何事かと振り向く中、僕…十乃とおの めぐると“赤頭あかあたま”の釘宮くぎみやくんが慌ててその口を塞いだ。

 集中する視線を愛想笑いで、誤魔化す。

 午前中から夕方までの自由時間を満喫し、オリエンテーションを終えた僕達は、夕食前のひと時に、温泉で汗を流すことにした。

 驚いたことに、民宿でありながら「しおさい」には、大きめの露天風呂があった。

 造りも立派で、二十人くらいなら余裕で入浴できる規模だ。

 それが男女両方にあるのだから、最早普通の温泉宿にも比肩するレベルである。


「しーっ!声が大きいですよ、飛叢さん」


 僕は声を細めて、注意する。

 実は、隣りの女湯から、黒塚くろづか主任(鬼女きじょ)や間車まぐるまさん(朧車おぼろぐるま)、三池みいけさん(猫又ねこまた)ら、女性陣の声がするのである。

 なので「地元の妖怪と一戦やらかした」などと大声で言ったら、主任の地獄耳にも入りかねない。

 もしそうなったら、大目玉もいいところだ。

 当然、鉤野こうのさん(針女はりおなご)にも口止めしておいた。

 飛叢さんは、口に当てられた手を振りほどくと、声のトーンを落とした。


「クソ!俺がその場にいりゃあ、全員巻きにして、海に叩き込んでやったのによ…!」


 さすが根っからの喧嘩ジャンキー、言う事がいちいち物騒である。

 うん、この人があの場に居なくて、本当に良かった。


「それはいいとして…釘宮くんと鉤野さんが駆け付けてくれて助かったよ。釘宮くんなんか、圧勝だったしね」


 僕がそう言うと、釘宮くんは首を横に振った。


「ううん。そうでもないよ、十乃兄ちゃん」


 そう言いながら、掌を見せる釘宮くん。

 その手には、赤いあざみたいな跡があった。

 僕は目を丸くした。


「そ、それ…どうしたの?」


「あの“牛鬼うしおに”のお姉さん、突進力とパワーは本物だったよ。まだ、手が痺れるもん」


 あっ!

 かがりと名乗った、あの大柄な女性と組み合った時の…!


「あの時はうまくいなせたけど、そのまま馬鹿正直に真っ向勝負をしていたら、どうなっていたか…ボクとしては、あのまま退いてくれてホッとしたよ」


 息を呑む僕に、掌を見たまま、真顔でそう言う釘宮くん。

 な、成程…一見、釘宮くんの圧勝に見えたけど、篝が見せた“牛鬼”の力は、結果以上だったということか。


「しかし…何故、その三人組は人間を嫌っていたのでござる?」


 傍らにいた“精螻蛄しょうけら”のあまりさんが、そう聞いてくる。

 眼鏡を掛けたままでは視界が曇るだろうに、本人はお構いなしだ。

 昼間、黒塚主任にこってり絞られたらしく、今の今までは大人しくしている。

 …だが、先程から妙にチラチラと女湯との垣根に落ち着きなく視線を送っているのは、僕の気のせいか…?


「それについては分からずじまいです。あの場所に立ち入るなって言っていた意味も」


 彼らが人間を嫌っていたのは事実だ。

 しかし、僕の印象では、彼らは「あの浜に立ち入った人間」を警戒していたように思えた。


「ふむぅ…気になる。気になるでござるな…」


 じい~っと、垣根を見たまま、思案する余さん。

 飛叢さんが、それを呆れた目で見ていた。


「よぉ、余。先刻から妙に落ち着きがねぇが…おめ―まさか、妙な事を考えてんじゃないだろうな?」


「妙な事?」


「…次は、コロされるぞ?」


 飛叢さんがそう言うと、余さんは「フッ」と笑った。


「飛叢殿、それがしを甘く見ないで欲しいでござる。ちゃあんと、わきまえているでござるよ」


 おお。

 ここに至って、遂に余さんにも自制心が芽生えたのか。

 日頃、女性に対する不埒な行為が何かと物議をかもし出す余さんだが、流石に今回は…


「進入ルート及び逃走ルートの確保など、事前の準備は万全でござる」


 …前言撤回。

 やっぱり、余さんだった。

 余さんは、不敵な笑いを浮かべて続けた。


「今も、どのアングルから攻めるべきか、女湯の湯煙を晴らす風の具合はどうか…こうして、現地にて最終チェックをしていたでござるよ」


 流石に、僕も飛叢さんも声が出ない。


「何の話?」


 一人、余さんの意図を読めない釘宮くんが、キョトンとした顔で不思議そうに聞いてくる。


「“美の探究”の話でござる」


「よーするに、女湯を覗こうってんだろ」


「の、のぞ!?…むぐぐ!」


 ビックリして大声を上げかけた釘宮くんの口を、今度は余さんが光の速さで塞いだ。


「シッ!静かにするでござる、釘宮殿!」


 ドン引きするくらいに真剣な顔になる余さん。


「そ、そんなのダメだよ!ばれたら、絶対怒られるよ、余兄ちゃん!」


 一応空気を読み、小声で抗議する釘宮くん。

 だが、余さんは、一人湯船から立ち上がった。


「そうでござろうな。とりわけ、昼間の件もあるから、次は…生きて帰れないかも知れないでござる」


「だ、だったら…」


「釘宮殿、君は『おとこ』というものを分かっていないでござるな」


 無意味にシリアスな顔で続ける余さんのその言葉に、釘宮くんは目を見開いた。


「愚かなれど勇猛!不器用にして大胆!故に『漢』は常に『退かず!媚びず!省みず!』…例え如何なる障害が立ち塞がろうとも、己の命が危機に瀕しようとも『漢』とは、かくあるべきでござる…!」


 それ、どっかで聞いたような…

 余さんは、顔を背けた。


「…ま、見た目からしてお子ちゃまな釘宮殿には、まだ理解は難しいでござるか」


 余さんは溜息を吐いた。


「ましてや『戦う相手が退いて、ホッとした』などと言っているようでは、とてもとても」


「そ、そんなことないよ…!」


 釘宮くんが立ち上がった。

 どうやら、今の余さんの一言に触発されたようだ。

 ちなみに…見た目はともかく、年齢では確か釘宮くんの方が年上なのだが…


「ボクにだって…ボクにだってわかるもん!」


「では…共にくでござるか?」


「ええっ!?」


 これには流石に僕も驚き、止めに入る。


「だ、駄目ですよ!子どもに何て事を…」


 あ。

 し、しまった…!

 慌てて口をつぐみ、恐る恐る釘宮くんを見る。

 彼は無言のままうつむいていた。


「あ、あのね、釘宮くん!今のはそういう意味じゃなくて…そもそも、そういう事はしちゃイケないっていう…」


「…行くよ、ボク」


 顔を上げた釘宮くんの目には、闘志が燃え盛っていた。

 んなっ!?


「行くよ。行って、ボクも『漢』だってことを証明するよっ!!」


「その意気や良し!ならば、共に征くでござる、戦友ともよ…!」


 ガッチリ握手を交わす釘宮くんと余さん。

 僕は盛大に慌てた。


「ちょ、ちょっと!駄目だよ、二人とも!ねぇ、飛叢さんも止めてくださいよ!」


 僕は傍らの飛叢さんにすがった。

 二人とも、飛叢さんが止めれば、いくら何でも思い止まるだろう。

 が、しかし…


「…いいや、行って来い。釘宮」


 飛叢さんの放ったその一言に、更に仰天する僕。


「は!?飛叢さんまで何を言ってるんですか…!?」


「俺もな、日頃いい子ちゃんぶってるお前を見てて『どうも男らしさが欠けてるな』って心配してたんだ」


 飛叢さんは、芝居がかった様子でニヒルに笑った。


「こいつはいい機会だ。余と一緒に行って、いっちょ『漢』を磨いてこい!」


「うん…!」


 笑いを堪えながら、親指を立てる飛叢さん。

 それに気付かず、あっさり騙される釘宮くん。

 一人感動したように、うんうんと頷く余さん。


 …どうすんだ、これ。


「しからば、早速参るでござるよ、釘宮殿!某の後をちゃんとついてくるでござる!」


「うん!わかったよ、余兄ちゃん!」


 意気揚々と更衣室に向かう二人を、手を振って見送る飛叢さん。


「がんばれよー」


「『がんばれよー』じゃないですよ!何で止めなかったんですか!?」


 思わず、飛叢さんにそう詰め寄る僕。

 それに飛叢さんは、頭に手拭いをのせたまま答えた。


「ああ?だって、おも…いや、あいつなりの覚悟を汲んで、背中を後押ししてやるのが仲間ってもんだろ?」


 …この人、いま「おもしれーし」って、言いかけた。絶対。


「それにこうして見送った以上、どう足掻いたって既にお前も同罪だろうが」


 …

 ……


「…どうしましょう?」


 熱い湯船の中だというのに、冷や汗が止まらない。

 飛叢さんは、湯船の中でくつろぎながら答えた。


「おたおたすんなって。ああ見えても、余は“精螻蛄”だぜ?こと「覗く」ってことに関しては、盗撮以上の専門家だ。そうそうバレるってことは無いだろうよ」


 そんな飛叢さんの言葉にホッとする半面、何だかモヤモヤする僕。

 そもそも、純粋な釘宮くんに、そんな不埒な行為を教えてしまって良いのだろうか?

 いや、彼はああ見えて成人だし…いいのか?

 いやいや!だとしたら、彼が覗くという行為は余さんが覗くのと何ら変わらないし…


 それ以前に。

 間車さんや摩矢まやさん(野鉄砲のでっぽう)、主任達の一糸まとわぬ姿が、彼らの目に無防備に晒されるわけで…


「やっぱり駄目ですよ、こんなの!」


 止めよう!

 そう、僕が湯船から立ち上がった時だった。

 女湯から、垣根越しに女性陣の会話が聞こえてきた。


----■ここからは、実況生中継(男湯からのためSOUND ONLY)でお送りします■----


「えーっ!?二弐ふたにさん、まだムネ大きくなってるの!?何で?どーして?教えてー!」


「や、やだ!三池ちゃん、声大きい!」

男湯むこうに聞こえるでしょ!」


「どれどれ?ほー、確かにこれは…いや、何だこれは!?けしからん!実にけしからん!」


「きゃあ!?」

「いきなりなにするの、りんちゃん!!」


「あ、悪い悪い。あんまりデケーから、つい」


「う~…あたしだって、張りでは負けてないんだけどなぁ。むしろ、最近ウエストが…」


「どっちにしろ駄肉」


「にゃにおう!?喧嘩売ってんのか、ツルペタマタギ!」


「根強い支持層はいる」


「何の話よ!?」


「へへへ…その点、あたしはトレーニングは欠かさないし…色だって、ホレ」


「あ、ホント。きれいねぇ」

「…えいっ!さっきのお返しっ!」


「ひにあっ!?ちょ、唄子うたこ、どこ触ってんだ!?」


「ホラホラ♪」

「つんつん♪」


「うは!?あっ…こ、こら…ホント…止めろって…つまむな!突つつくなぁっ!」


「そこ!湯殿で騒ぐな!」


「あっ、ラスボス登場」


「ラ、ラスボスとは何です、三池氏!」


「だってぇ、主任さんの、大きさは二弐さんには負けるけど…」


「そう、ねぇ。全体的に…」

「反則ですよね、主任のそのボディライン」


「何つーか…エロいよな。しかもドエロ」


「ド、ドエロとは何だ、ドエロとは!」


「そうです。同性相手とはいえ、下品ですわよ?」


「…ねぇ、おしずさん。最初から気になってたんだけど…何で服を着たまま入浴してんの…?」


「あら?ご存知ないんですの、宮美みやみちゃん。これは『湯浴み着』といって、混浴などで女性が着る…」


「そうじゃなくて!ここ混浴じゃないでしょ!そんなの着なくてもいいじゃない、女同士なんだし!」


「え?あ、でも、その…『親しき仲にも礼儀あり』とも言いますし?」


「『裸の付き合い』って言葉もあるぜ?」


「そうねぇ。別に恥ずかしがる事ないのに」

「それに隠されると逆に気になっちゃりして」


「そういえば、海でも君だけ水着にならなかった」


「そ、それを言うなら、砲見つつみさん、貴女何故スクール水着でしたの!?追及するなら、むしろそちらの方ではなくて!?」


「機能美が全て。以上」


「…主任?」


「うむ。今回の合宿は、互いの人となりを知り、親睦を深めることも目的になっている。これもスキンシップの一環か…まあ、あまり無茶をして、設備を破壊しないようにな」


「え?え!?あ、あの、皆さん?何故なにゆえわたくしを包囲しますの!?どうして、皆さんニヤついてますのっ!?」


「ゲッヘッヘッヘッ…」


「ええやんけ♪なあ、ええやんけ♪」


「いやああああっ!」


「湯煙の中、脅える湯浴み着の美女…」

「うーん、そそるわぁ。実にそそるわぁ♡」


「…唄子、よだれふけ、涎」


「武装解除。任務了解」


「それーっ!引っぺがせーっ!」


「ああっ…いや!やめてくださいまし…!いやあああああっ…!誰かぁぁぁぁっ!!」


「こ…」(猫)


「れ…」(車)


「は…」(二)

「っ…」


「!!…」(鬼)


「…うわーお」(銃)


「す…すっごーいッ!!!!着物で分かんなかったけど…な、何よっ、このボディラインッ!!!」


「こらまた…な、なんつー…い、色も…お、おおおお…」


「エロいッ!エロいわ…!」

「これは主任以上の逸材…!」


「むぅ…ま、負けた…!」


「もはや兵器」


「うううう…ひどい、ひどいですわ…皆で寄ってたかって…もう、お嫁にいけない…しくしく…」


「いやいや!いけるって、絶対」


「うんうん、ビーチを水着でうろついたら一瞬で『撃墜王』だよね!」


「鉤野さん!さ、触ってもいいかしら?」

「ちょ、ちょっとだけ…ね?ね?」


「…唄子、鼻血ふけ、鼻血」


「…!」


「ん?どした、摩矢っち?」


「侵入者、発見」


「「「何ぃぃぃぃっ!?」」」」


ザバァッ!!


「どこだ!?」


「においは屋根の上」


「逃がさん!」


「許さん!」


せ!いや、捕まえろ!それから殺す!」


「砲見、【暗夜蝙声あんやへんせい】の使用を許可する。確実に追い込め!」


「了解」


「摩矢っち、そっちに行ったぞ!」


ちゅどーん!!


「すばしっこい!あ、あっち!」


ドコーン!


「逃がしませんわ!私の裸を見たからには…責任とってもらいます…!」


「ノゾキの嫁かぁ…」

「…かなりイヤかも」


ザザザ…!


命中フィッシュりましたわ!私の【恋縛鉤路れんばくこうろ】を甘く見ないでくださいませ!」


「ひ、ひいいいー、お許しを~!」


「テメエ、余か!」


「えっ!?ちょ、ちょっと…な、何で、りっくんまで!?」


「うわーん、ごめんなさーい!」


「余氏…これはどういうことでしょう?」


「い、いや、某は“美の探究”に…」


「釘宮氏、貴方も何故…?」


「うえーん!ごめんなさーい!ごめんなさーい!」


「ちょ、ちょっと…そんなに泣かないでくださいまし」


「あー、分かった!アンタ、バレた時のために、りっくんをおとりにしてノゾキをしようって思ってたんでしょ!?こんな小さな子を巻き添えにするなんて、最ッ低!」


「そうなんですか、余氏ッ!?」


「マジか!?テメエ、覚悟はできてんだろうな!?」


「ねぇ、コイツで『ろしあんるーれっと』やってもいい?(わくわく♪)」


チャキ…


「おう、許す!」


「ひぃっ!?ちちちち違うでござるッ!釘宮殿は、某と固い絆で結ばれた戦友ともとして同行を希望したのでござるッ!…ねッ!?そうでござるよねッ、釘宮殿!?」


「ごめんなさーい!ごめんなさーい!」(←ショックで号泣中。聞こえてない)


「よしよし…大丈夫、大丈夫でちゅよ~。釘宮くんは、なーんにも悪くないでちゅから~」

「あらあら、こんなに汚れて…さぁ、こっちへ。私がキレイキレイにしてあげまちゅからね~」


「く、釘宮殿ぉぉぉぉぉッ!?」


「…余氏」


「ハッ!?」


「どうもおきゅうが足りなかったようですね…非常に残念です」


「いいいいいいや、ほほほら!これはその…何というか…いわゆる、ひとつの…」


しーん。


「…スキンシップ?みたいな?」


ジャキン…!


「死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」


ギャリッ…!

ドスッ…!

メキョッ!

ガガガガガ…!

ゴリゴリゴリ…!


「ッギャアアアアアアアアアアアアアアアッ…我が…生涯にぃい…一片のぉ…悔い無しぃぃぃぃィィィィッ…!!!!」



【注意】

 ノゾキは言い訳できない犯罪行為です。良い子は絶対に真似しないよーに。

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