【三十七丁目】「それが“七人ミサキ”ですか…」

「察しの通りだ」


 鉄の声に、僕…十乃とおの めぐると妖怪“朧車おぼろぐるま”こと、間車まぐるまさんが振り返る。

 見れば、僕の妹…美恋みれんに蹴り飛ばされ、植え込みに吹っ飛んでいったエルフリーデさん(七人ミサキ)が復活していた。


「お前…」


 間車さんが、うめくように続ける。


「大丈夫か?首、曲がってんぞ?」


 間車さんの指摘の通り、エルフリーデさんの首は真横にほぼ90度ひん曲がっている。

 間違いなく、美恋の飛び蹴りによるものだろう。

 木の枝やら葉っぱに塗まみれ、首が90度になっている姿は、いくら美人でもホラー映画に出てくる怪物以外の何物でもない。

 あ…いや、実際に彼女は死霊なので、リアルにホラー映画の存在そのものなのだが。

 しかし…我が妹ながら、恐ろしい程の思い切りである。

 これがもし、生身の人間相手だったらと、想像すると恐い。


「む。問題無い」


 そう言うと、エルフリーデさんは両手で自分の頭を掴み、垂直に正す。

 少し具合を確かめてから、コキコキと首を鳴らした。

 …霊体でも、骨の音って鳴るのか…


「それにしても…全く、とんでもない娘だな。死霊になって、久方ぶりに痛みというものを味わったぞ」


 気を失ったままの美恋を見下ろし、身体中を払いながらエルフリーデさんがそう言う。

 不意打ちで首を曲げられたというのに、大して怒った様子も無い。

 派手に蹴り飛ばされた割に、ダメージも左程無いようである。

 でも、兄として妹のしでかした事は謝っておくべきか。


「あ、あの…妹が突然スミマセンでした」


「妹、だと?」


 謝罪した僕へ、驚いたようにそう言うと、エルフリーデさんは僕の事をしげしげと見詰めた。


「何故、この娘はわたしへ攻撃できたのだのだ?貴様は普通の人間のようだが…貴様の妹は、巫女か尼僧…いや、先程の蹴りの威力だと、僧拳士モンクか?」


「い、いえ、違いますけど…」


 僕の答えに考え込むエルフリーデさん。

 そこへ間車さんが不機嫌丸出しのまま、口を挟んだ。


「あのな、謝んなきゃいけないのは、むしろあんたの方だぞ。元はといえば、あんたが巡に変な真似をするから悪いんだ。いきなり抱きかかえて…そ、その、何だ…キ、キスするなんて…一体何考えてんだ!?」


「む?何か変か?私はこの男が気に入ったから、実力でモノにしようとしただけだが」


「す、少しは相手の気持ちってのも考えろよ!」


「それなら問題ない。この国には確か『イヤよイヤよも好きのうち』という格言があった筈だ。征服者に殉する民族性を表した、実に分かり易い格言だ」


 そうきたか。


「で、私はそれを実践しただけだ」


 悪びれもせず、胸を張るエルフリーデさん。

 清々しいまで歪んだ日本観に、間車さんはガックリと首を垂れた。

 エルフリーデさんは、そんな間車さんへ不思議そうに言う。


「何だ、妖怪ゲシュペンスト…いや、リンといったか…お前も十乃トオノが欲しいなら、私から強引に奪えば良いではないか。いくらでも受けて立つぞ?」


「はあ!?べべべべ別にそんなことねーし!だ、大体!いつ巡があんたのものになったんだよ…!?」


 顔を真っ赤にして怒鳴る間車さん。

 そんな彼女を前に、エルフリーデさんは僕を強引に引き寄せると、腕を絡めてきた。


「ついさっき、だ。口づけもしたから、もはや夫婦の契りを交わしたといっても過言ではあるまい」


 強引な割に、古風な考え方のエルフリーデさんだった。


「ふ、ふーふ!?ち、契りだぁ!?巡、お前、その金髪女といつの間にそんなカンケイになりやがった!?」


 今度は青ざめた顔になる間車さん。

 あー…

 もしかして、この状況だと、僕がツッコミ役になるしかないのかな…

 僕は、エルフリーデさんの腕から逃れると、咳払いをした。


「二人とも、ちょっと落ち着いてください。話の論点がズレています。第一、僕は誰かの所有物ではありませんし、婚姻を結んだ覚えもありません」


 エルフリーデさんは、キョトンとした後、高揚した表情で、


「ほう、まだ陥落せんか…よかろう。難攻不落の防衛線を攻め落とすのは、割と趣味だぞ」


「じゃなくて!今は貴方達のことを聞きたいんです!」


 強引に話の軌道修正をすると、僕は改めてエルフリーデさんに向き直った。


「貴方達“七人ミサキ”の正体は、行方不明になっていた若者達ということでいいですね?」


「それに関しては、先程言ったろう…つまり、『察しの通り』ということだ」


 青白い輝きに包まれた、六人の男女を見ながら、エルフリーデさんは続けた。


「まあ、安心しろ。確かに彼らをかどわかしたのは私だが、別に死んではいない。今の彼らは、単純に肉体から霊体が離れただけの状態にある」


 それを聞き、僕はホッとした。

 彼らの無事が確認できたなら、まずは御の字である。

 僕はエルフリーデさんに改めて問いただす。


「では、今度こそ聞かせてくださいますね?貴女が何故こんな真似をしているのかを」


 その問い掛けに、口をつぐむエルフリーデさん。

 僕はたたみ掛ける様に続けた。


「先程言った通り、僕達は特別住民ようかいの皆さんが、人間と共存できるようにお手伝いをしていくのが仕事です。もし、貴女達がやむにやまれず、こんな事件を起こしているなら。警察沙汰になる前に何とかしたいというのが本音です」


 しばし、無言で見つめ合う。


「…信じて、話してもらえませんか?僕達に」


 僕がそう言うと、エルフリーデさんが突然クスリと笑う。

 鋼鉄の司令官は、白百合の様な少女の表情で言った。


「十乃、貴様は本当に面白いな…だが、何故そこまで我々に構う?仕事だからか?」


「否定はしませんが…夢なんです」


「夢?」


特別住民ようかいの皆さんが、僕達人間と共に歩んでいける…そんな世界を見てみたいんです」


 「まほろば」という言葉がある。

 日本の古い言葉で「理想郷」を意味する言葉だ。

 今思えば。

 じいちゃんから聞いた妖怪達の話を聞いた四つの頃から、妖怪に強い関心を持った僕は、その「まほろば」を追い掛けてきたのかも知れない。

 流されるように周囲の勧めに従い、町役場に就職するまで、あれほど憧れていた妖怪自体の存在を一度忘れかけていたこともある。

 だが、妖怪たちと接する今の職務に就いてから、思い出したのだ。

 人間と妖怪が、例え共に暮らすことは難しい。

 しかし、昔のように親しい隣人として、お互いを認め合える世界。

 そんな世界を見てみたいという強い思いが、いまの僕にはある。

 そして、妖怪たちと接していくたびに、その思いは強くなっていった。

 だから、この仕事をキツイと思っても、辞めたいとは思ったことは一度も無い。


「…途方もない夢だな。それは」


 僕の言葉に一転、エルフリーデさんは、一瞬で鋼鉄の司令官に戻った。


「分かっているのか?我々の様な死霊は元より、妖怪は人間の恐怖によって存在するモノだ。貴様達人間が幾ら歩み寄ろうとも、その本質は変わらんぞ?」


 薄い氷の笑みが、僕の全身に寒気をもたらす。


「加えて言うなら、そこに居る貴様の仲間も我らと同類だ」


 隣で、間車さんが硬直するのが分かった。

 だけど、僕は真顔で頷いた。


「それでも、その夢を追ってみたいんです…だって」


 僕は笑った。


 「20年も前にそう思ってしまったから、いまさら仕方がありません」


 エルフリーデさんも。

 間車さんも。

 呆気にとられた表情になった。


「ふ…ふふ…あははははははは!!」


 不意に笑いだすエルフリーデさん。

 今度は反対に僕が呆気にとられた表情になる。


「ふふ…いや、全く…貴様は何という…くっ、あはは、し、死霊を笑わせるなど、大概にしろ」


 エルフリーデさんは、本当に愉快そうに笑い続ける。

 僕はムッとなって言った。


「…そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」


「いや、失敬…気を悪くするな。別に馬鹿にしたのではない。感心しているのだよ。そんな信念を持った人間には、初めて出会ったからな」


 そう言うと、エルフリーデさんは、六人の男女の魂に向き直り、手の馬上鞭を一振りして鋭く叫んだ。


Mehrメーア Lichtリヒト!」(※ドイツ語で「もっと光を!」の意)


 それがキーワードだったのか、六人の霊体は形を失い、雲散霧消していく。

 間車さんが思わず身を乗り出す。


「お、おい!何しやがった!?」


「案ずるな。とある場所に安置してある彼らの肉体に戻ったのだ。いまここに在った霊体が戻れば、直に目を覚ますだろう」


「…どういうことだ?」


 間車さんが一歩詰め寄る。


「ここまでしといて、あっさり全員解放するなんて、ますます意味が分からないな。あんたは一体何がしたかったんだ!?」


「言っただろう『人間のため』だと」


 確かに、さっきエルフリーデさんはそう言った。

 だが、その真意が僕達にはまるで分からない。


「彼らは…いずれも荒んだ魂を持った若者だった」


 エルフリーデさんは、若者達が居た場所を見詰めて、続けた。


「若さは、純粋だが、時に危うく、たやすく道を誤る…そんな彼らを、私は見過ごせなかったのだよ。だから、私のシステム『七怨霊将ズィーベン・ガイスツ』によって、その魂を捉え、鍛えなおしていたのだ」


 僕と間車さんは、顔を見合わせた。


「つ、つまり『不良連中を無理矢理捕まえて“七人ミサキ”に入れ、更生させていた』って…そういうことですか!?」


 それで、合点がいった。

 町の不良連中が、彼女の手によって更生させられているなら、状況を知った警察は別段動くことはしないだろう。

 何せ、面倒事を起こす不良連中が、自分達の手をわずらわせることなく立ち直ってくれるのだから、こんなに有り難い話はない。

 例えやり方に問題があったとしても、さらわれた連中は、一定期間で無事に戻ってきている訳だし、そもそも捜索届も出ないから、二重の意味で警察は動く必要が無い訳である。


「あっ…も、もしかして、帰って来た連中が、みんな別人みたいになっているって…」


「フッ…我らが『ドイツ式練兵指南術』を甘く見るなよ。例え、どんな腰抜けでも、七日あれば一人前の兵士に育てることが可能だ。先程解放した連中も含め、我が指揮下に居た連中は、余さず性根を叩きなおしてくれたわ」


 上機嫌で笑うエルフリーデさん。


「不良連中を更生し、同時に町の治安も良くなる…どうだ、立派に『人間のため』だろう?」


 僕と間車さんは、ドッと疲れたようになった。


「…なんつー人騒がせな…」


「で、でも、これで真相もハッキリしましたし、無事に解決ですね」


 脱力した間車さんに、僕がそう言った。


「うむ。善哉善哉、だな」


 エルフリーデさんがそう言いながら笑うと、


「お前がいうなぁぁぁぁァッ!」


 間車さんの絶叫が、月夜に響き渡ったのだった。


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 結局。

 噂話として生まれた連続失踪は、最後まで事件性が生まれなかった迷惑な騒動として幕引きとなった。


「以後、自重しよう」


 と、エルフリーデは約束し、巡達は疲れたていで、公園を後にした。


「…さて、そろそろ姿を見せてはどうだ?」


 無人と化した月夜の公園に一つの影が落ち、美しい黒髪に眼鏡、ビシッときまったビジネススーツの美女が、姿を現わす。

 エルフリーデは、薄く笑った。


「ほう…先程のリンもなかなかだったが…これは役者が違うな」


 美女…黒塚くろづか 姫野ひめの鬼女きじょ)を目にしたエルフリーデは、目を細める。


「少し前から感じていたぞ…その妖気、さぞ名のある妖怪ゲシュペンストと見るが…?」


「降神町役場、特別住民支援課主任の黒塚です…古くは“安達ヶ原の鬼婆”と呼ばれておりました」


 一礼する黒塚。

 エルフリーデは目を見開いた。


「貴公があの…それに、特別住民支援課とは、もしや十乃と輪の…」


「上司です」


「そうか…私は『SEPTENTRIONセプテントリオン』の司令官コマンダント…」


「エルフリーデ==


 相手の名乗りを遮り、黒塚がそう告げた。

 一転、エルフリーデの瞳が黒塚を鋭く射る。


「…フルネームで呼ばれたのは、いつ以来だったかな…どこで知った?」


「父君…ヨハネス=ゲオルグ=ポラースシュテルン博士の記録が、とある場所に僅かに残っておりました…あと、博士が遺したノートの中にこれが」


 黒塚が一枚の古びた写真を見せる。

 そこには、白衣の老紳士と軍服姿の女性が写っていた。

 エルフリーデと瓜二つの女性は、淡く微笑みを浮かべている。


「こんなものまで…よくも残っていたものだ」


 手渡された写真に目を落とし、ふと呟くエルフリーデ。


「これは…確か、日本に亡命して来た時の一枚か…」


 エルフリーデは、懐かしそうに手の中にある「止まった時の欠片」を見詰めた。


「…そして、私の遺影になった写真だ」


 無言で、彼女の独白を聞く黒塚。

 “二口女ふたくちおんな”の二弐ふたにと共に、ポラースシュテルン博士の記録を追っていた黒塚は、降神警察署の権田原ごんだわらからリークされた情報を元に、廃墟となったとある施設を探り当てた。

 そこから研究記録の調査も難航したが、辛うじて残っていた研究データの断片を見つけることが出来たのだった。


「博士の研究資料も、拝見しました。『Unsterblichウン・シュテルプリッヒ Soldatソルダート』…父君は旧ドイツで極秘裏に行われていた『不死兵士計画』の総責任者だったのですね」


 それを聞くと、遠い昔を見るようにエルフリーデは目を細める。


「そうだ。総統閣下より直に下された特命を果たすべく、父は日々研究に明け暮れていた。だが…」


 第三帝国は落日を迎えた。

 戦況が変わり、終戦の足音が聞こえてくる頃、エルフリーデは父と共に同盟国だった日本へと亡命したのだ。


「穏やかな日々だったが、それも長く続かなかった」


「…貴女を病魔が襲ったから、ですね」


 黒塚の言葉に、エルフリーデが頷く。


「父は死の間際にいた私を救うために、自分の研究を使う選択をした…『不死兵士計画』の一つの回答、それが『』だ。だが、それには死後に霧散する魂を特定条件下で物質化し、この世にくくらなければならん。その方法として、父はこの国に伝わるに着目した」


「それが“七人ミサキ”ですか…」


 犠牲者を入れ替えながら、無限に駆動し続ける怪異…“七人ミサキ”

 博士はその呪いを解析し、愛娘を救うべく霊的システム“Siebenズィーベン geistsガイスツ”を確立。

 死後、彼女の魂を“七人ミサキ”の呪いに同化させることに成功したのである。


「何てことを…」


 顔をしかめる黒塚に、エルフリーデは目を伏せて言った。


「そう言わんでくれ。父も必死だったのだ。こんな極東の地で、たった一人の家族を失うのが、余程耐え難かったのだろう」


 そして、苦笑する。


「まあ、まさかとは思わなかったが…」


 エルフリーデは、黒塚に向き直った。


「こんな出会いが続くとはな。あの十乃という男も気に入ったが、貴公も面白い。しばらく、この町に留まってみるも一興か」


「歓迎します。ですが、騒動だけは勘弁して下さい」


 溜息を吐く黒塚。

 その様子に、エルフリーデがいたずらっ子の様な笑みを浮かべた。


「十乃と輪にも言ったが、自重しよう。でないと、が、いちいち様子を見に来るしかなくなるだろうしな」


 今度は黒塚が苦笑を浮かべた。

 だが、それも一瞬だった。


「…一つだけ、伺ってよろしいでしょうか?」


「答えよう。何か?」


「今回の一件、先程部下達に語った…?」


 月光が凍ったかの様に、二人の間の空気が、変質した。

 やがて、エルフリーデがおもむろに口を開く。


「問いを問いで返して悪いが…貴公、十乃の語った『夢』をどう思う?」


「……」


 無言のままの黒塚。

 エルフリーデは続けた。


「彼奴の『夢』は確かに眩しい…が、私のように、を真理と崇める者は多い」


 それは。

 暗にエルフリーデの真意が別にあった事を示していた。


「気を付けることだ…私はもう目が覚めたが、私以外にも


「…ご忠告感謝します」


 礼を述べる黒塚に、背を向けるエルフリーデ。

 最後に、黒塚はその背中へと問い掛けた。


「この先、貴女は『どちら』に行くつもりですか?」


 暗い闇に溶けながら、声だけが応える。


「さて…な。しばらくは様子見に徹するさ。だが、その良からぬ企みをしている連中が我々や十乃に仕掛けてきたなら…今度はの『SEPTENTRIONセプテントリオン』で返り討ちにしてくれよう」


 黒塚には、暗闇がニヤリと不敵な笑みを浮かべた様に見えた。

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