【三十五丁目】「貴様、面白いな」
黒い軍服・軍帽を身に付けた六体の貌の無い死霊“七人ミサキ”の一団が、僕…
完全に包囲されてしまったため、最早完全に逃げるすべはない。
だが、仕事柄、こんな状況は過去に何度かあった。
器物の小妖怪“
あの時は頭が割れるかと思った。
凶暴な性格の“ノウマ”に行政執行で出向いた時は、相手が怒り、追い掛け回された揚句、危うく頭から
あの時は、
他にも、似たような状況を枚挙すればいくらでもある。
僕みたいな、
そもそも、彼ら妖怪はいずれも人間を超越した能力を持っている。
本来、人間である僕達には立ち向かう方法はないのだ。
だが、それでは仕事にもならない。
だから、僕の様な人間の職員は、とっておきの装備が与えられていた。
「我がここに在るのは、
僕は背広の内ポケットから取り出したものを、高く掲げた。
それは小型の絵馬のような形をしており、表面には何やら古い文字が書かれ、複雑な形をした朱印が押された木片だった。
この木片、名前を「
特別住民支援課に配属された時に役場から支給された備品で、僕のような人間の職員にしか扱えない装備である。
この木片には、ある高位の神霊…即ち「神様」による
何でも、この勅令文は妖怪や怨霊といった怪異達に向けて「おう、お前ら、コイツの言う事聞けよ?聞かなかったらどうなるか分かってんだろうな、あぁーん!?」(間車さん:訳)というメッセージを発する効果がある。
つまり「水戸黄門の
「むっ!?」
エルフリーデさんとはじめとす「
妖怪ではないものの、伝承に名を残す死霊軍団“七人ミサキ”にも効果はあったようだ。
「この凄まじい
僕を睨みつけながら、そう呟くエルフリーデさん。
「すみません。個人的にはあまりこれには頼りたくないんですが、貴女達はこうでもしないと話もできなさそうなんで」
「謝る必要はないだろ、まったく」
間車さんが、口を尖らせる。
「こいつらが連続失踪の犯人なのは間違いないんだし。とっとと口を割らせて、警察に突き出しゃいいんだよ」
「それはそうですが…この人達には何か理由があるのかも知れません。人間を
そう。
誘拐して家族を脅すでもなく、人質を殺害するのでもなく、彼らは一定期間をおいて、ただ開放している。
その行為に何の意味があるのだろう。
「僕達、特別市民支援課は、
僕はエルフリーデさんを真っ直ぐに見つめ、語りかけた。
「死霊とはいえ、貴方達も
翡翠の瞳が見開かれる。
僕は続けた。
「話してくれませんか?何故、こんなことをしているのか。そして、僕達に力になれることがあるなら、ぜひ相談して欲しいんです」
「…」
エルフリーデさんは、無言で僕を見つめ返している。
そして、不意に微笑した。
「貴様、面白いな」
「えっ?」
「気に入ったぞ」
それまで不動だったエルフリーデさんが、不意にその手にある馬上鞭を振るった。
鞭は一瞬で長さを増し、僕の身体に巻きついて自由を奪う。
「うわっ!」
「巡!?」
「おっと、動くな
間車さんは、動きを止めると悔しげに歯を剥き出しにした。
「何で動けるんだ、テメェ!」
「『天霊決裁』か?まぁ、簡単な話だ」
ニヤリとエルフリーデさんが笑う。
「確かに『
…そんなんアリか!?
間車さんがエルフリーデさんを睨みつける。
「巡をどうするつもりだ!?」
「どうするか、か…そうだな」
グイッと鞭を引くエルフリーデさん。
大した力を込めた風ではなかったが、僕の身体はコマのように回り、鞭ごと引き戻された。
一瞬後には、エルフリーデさんの腕に抱えられるように捕まってしまう僕。
その拍子に、手にしていた天霊決裁を落としてしまう。
「巡っ!」
追い掛けようとして踏み止まる間車さん。
先程より悪い状況に、間車さんにも成すすべがなかった。
「ふう…効き目が落ちていたとはいえ、なかなか
額を拭いながら、動けない僕を見降ろすエルフリーデさん。
そして、氷の様な微笑を口元に湛える。
美人の腕に抱えられるというのは、男なら本来喜ぶべきシチュエーションなのだろう。
だが、伝承に恐怖を刻む“七人ミサキ”が相手では、肝が冷えるだけだ。
鞭で捕縛されているので、親指を隠すまじないで姿を眩ましても、もはや逃げようがない。
「…僕を、どうする気ですか…?」
情けないが、声が震える。
エルフリーデさんは、その様を楽しむように告げた。
「そうだな…とりあえず、先程の偉そうな口上が二度と叩けぬよう…」
エルフリーデさんが、艶めかしく唇を舐めた。
「
そして、そのまま。
彼女は僕の唇を奪った。
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