【二十丁目】「忘れろ」
「以上が、事の
僕…
「…あのな…」
何かを言いかけたが、頭痛を堪こらえるように頭を押さえる主任。
その横では、ミイラと人間大の毛糸玉が転がっている。
かすかな呻き声とモゾモゾ動いているのを見れば、中に人間が入っているのは一目瞭然だ。
中身は蕎麦屋「
乱闘寸前になっていた二人を、
飛叢さんの妖力【
伝承通りの効果を持ち、硬軟自在の彼の木綿布に巻きつかれたら、一巻の終わりである。
現に打本大将は一瞬でミイラにされてしまった。
鉤野さんの妖力【
しかも、相手が異性…つまり男性であればその拘束力は倍増するというおまけつきだ。
これには織部シェフも成すすべなく毛玉になっている。
そして、無力化された二人を、釘宮君が妖力【
五歳そこそこの男の子が、大きなミイラと毛玉を軽々と運ぶ姿に、目にした誰もが目を丸くしていた。
現在、本部詰めの職員達が、懸命にほどいているが、もう少し時間がかかるだろう。
僕は視線を戻すと、努めて真面目な顔で続けた。
「一応弁明すると、可能な限り手加減はしました」
「んなハンパな仕事はしねーよ。逃げらんねぇようにガッチリ…あ痛ッ!」
余計なことを言いかけた飛叢さんの足を、鉤野さんが思い切り踏んで黙らせる。
鉤野さん、ナイスです。
そんな僕達の様子に、主任は再び深く溜息をついた。
「…まあ、状況が状況だったからな。この際致し方あるまい。怪我もないようだし、両氏には私からも謝罪しておこう。引き続き会場内の見回りに就いてくれ…ボランティアの皆さんも宜しくお願いします」
妖怪三人組に向けて、にっこりと微笑む主任。
「ただし…くれぐれも穏便に、ですが」
直後、その全身から凄まじい鬼気が生じる。
これには、さすがに三人ともカクカクと頷くしかなかったのだった。
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その後。
ようやく拘束から解放された打本大将を僕と飛叢さん、織部シェフを釘宮君と鉤野さんの二組に分かれ、会場の見回りを兼ねて、それぞれのブースまで送ることとなった。
仕方ないとはいえ、手荒い真似をしてしまった、せめてものお詫びである。
両氏は解放されてなお乱闘寸前までにエキサイトしたが、主催者である
「いや~、相変わらずおっかねぇな、お前んとこの上司はよ」
飛叢さんが身震いしながら、そう言った。
恐いもの知らずで喧嘩っ早い彼も、黒塚主任のド迫力の前では、逆らう勇気も出ないようだ。
「さすがは“安達ヶ原の鬼婆”、久々に寒気がしたぜ」
「違ぇねぇ。ありゃ、うちのカカア以上だな」
打本さんが追従し、豪快に笑う。
飛叢さんの木綿布で相当きつく拘束されたはずだが、本人はいたってピンピンしている。
僕は恐る恐る尋ねた。
「あの…打本さん、お体は大丈夫ですか?本当に怪我とかないんですか?」
「ん?おうよ!こちとらガキの頃から蕎麦打ちで鍛えてんだ。あれくらいじゃビクともしねぇよ!」
再び豪快に笑い、大きな力こぶを見せつける打本大将。
確か、以前出ていたテレビでも「蕎麦はコシが命!それには一に体力、二に腕力、三四が無くて、五に筋力!」と、堂々とコメントしていた。
僕達が謝罪した時も、気を悪くした風もなかったし、見た目通り、豪傑と呼ぶに相応しい人物だ。
「それはそうと大将、何であのイタリア料理屋ともめてたんだ?何かあったのかよ?」
空中を漂いながら、飛叢さんが核心を突いてくる。
聞けば二人とも顔見知りらしく、以前、店の食い逃げ犯の捕縛に飛叢さんが協力してから懇意にしているとか。
飛叢さんの質問に、大将の機嫌が一気に急降下したのが分かった。
「何かあったってもんじゃねぇ!あのイタリア野郎が、うちらが毎年やってる夏祭りにケチつけやがったんだよ!ふざけやがって!」
聞けば、夏祭りに商友会側の出店を商店会に提案したのは、他ならぬ打本大将本人だという。
同じ町内の商業関係者同士の交流と、夏祭りに新しい刺激なればと思い、率先して調整役に回ったらしい。
ところが、出店は新参の商友会が一人勝ち。
それは我慢するとしても、いい気になった織部シェフが、夏祭り自体に「古臭い」だの「華が無い」だの批評を挟み、大将自身が地元の誇りとしている「
「神輿は由緒ある祭りの花形!そいつを馬鹿にするなんざ、この町の人間を馬鹿にするも同然よ!絶対に許さねぇ…!」
うーむ…
これはなかなかに根が深い。
個人的な見解だが、大将の祭りに対する思い入れは分かるものの、それが強すぎる気もする。
織部シェフが本当にそんなことを言ったのか、言質がとれない以上、大将の怒りが正当なのかも判断は難しい。
僕は、そんな考えを胸の内に残しておくことにした。
そうこうしているうちに『玄風』のブースが見えてきた。
ブースは若竹をオブジェに用い「和」の雰囲気を前面に押し出した造りになっていた。
出汁のいい香りが胃を刺激する。
また、ブース内には、蕎麦打ちの実演を見せる工夫や、蕎麦茶なども提供するのか、茶屋風の椅子も用意されていた。
「おう!今
大将が威勢よくそう告げると、ブース内を忙しそうに駆けずり回っていた一人の女給さんが、足を止めた。
「遅ぇよ大将!どこほっつき歩いてたん…だあアA阿あああアA亜あああ唖あAああぁぁaぁぁaッ!?」
たすき掛けにミニスカ風の丈の短い和服に身を包んだその女給さんが、僕達を見るなり、素っ頓狂な絶叫を上げて硬直する。
えーと、あ、あれ…!?
この女給さんって…
「ま、
あろうことか。
太股もあらわな、ちょっと際どい和服の女給さんは『玄風』に出向していた妖怪“
「な、何してんですか!?そ、それにそのカッコは…!?」
石化したままの間車さんに代わり、大将が答える。
「ああ、輪ちゃんにはうちの助太刀を頼んだのよ。元々、大勢の客を裁くにはちょっと人手不足だったし、うちの常連さんの中じゃ、とびきりの上玉だし、威勢もいいしな。うちの看板娘にはもってこいだって、目ェ付けてたんだ」
ガッハッハと腕を組んで笑う大将。
「で、今日のために、うちの店で給仕のイロハをみっちり修行してもらってたんだよ。いや~、最初は無理かと思ったけど、役場の方でも『妖怪と人間の相互理解』だっけか?だか何だかでいい返事がもらえたしな!本当に助かったぜ!」
成程。
道理で間車さんが「絶対店に来るな」という訳だ。
いつもショートヘアにキャップ、ジャケット、ジーンズと色気も化粧っ気もない姿の間車さんだが、見た目は決して悪くはない。
スタイルも締まっているし、身長もあるので、二弐さんなんかは「もっと女性っぽいファッションもしてみればいいのに。勿体ない!」と詰め寄っていた。
本人は性格もラフなので、気にもしてないのだろうが、こうして女性らしい服装の間車さんは、新鮮だし…正直、ドキッとしてしまう。
と、飛叢さんが合点がいったようにポン、と手を打った。
「こないだ店に行った時、どっかで見た娘がいるなと思ってたら…アンタ、役場にいた送迎係の姉ちゃんじゃねぇか。へぇ、こいつは驚いた。いい女っぷりだぜ!」
そして、冷やかすように僕と肩を組む飛叢さん。
「こんな
「は、はい…」
見とれたまま頷きかけた僕は、疾風にさらわれてブースの外に連れ出された。
驚異的な速度で、間車さんが僕の両肩を掴み、押し出したのだ。
壁際まで追い詰められた後、荒い息をつきながら下を向いていた間車さんが、凄まじい表情で顔を上げた。
「忘れろ」
「へ?」
「ここで見たもんは、全て忘れろ。あと、絶ッッッッッ対誰にも言うな。言ったら【
「………(汗)」
「返事はッ!?」
「ひゃ、ひゃイっ!」
極度の恐怖に声が裏返る。
事情はともかく、これは
「…大体、何でお前がここに来るんだよ?」
ジロッと僕を睨む間車さん。
「そ、それはですね…」
事の成り行きを説明すると、間車さんはどっと疲れた顔になった。
「あの筋肉親父、また余計なマネを…」
「あ、その筋肉親父…じゃなくて、打本さんなんですけど、本当に商友会と仲良くしようとしてたんですかね?」
「ああ?まあ、そういう話らしいな。結構いい感じにいってたようだけど、今じゃ親の仇くらいの勢いだよ」
「織部さんが夏祭りのこと、悪く言ってたっていうのも?」
「さあな。少なくとも商店会じゃあ有名な話だよ。あたしも店に出てからは、耳にタコができるほど聞いてる」
とすると、一連の確執は、どうやら大将一人の思い込みではないようだ。
本格的に組織同士が仲たがいしているのだろう。
「それより、早くブースに戻るぞ。こんな格好、他の奴にも見られたら…」
そこで間車さんの声のトーンが変質した。
「あたしの『
………………これは重症だ……………
慣れない格好から来る精神的ストレスで、
「と、とにかく一旦ブースに戻りましょう」
何事かをブツブツと呟く間車さんの手を引き、ブースに戻ろうとした時だった。
「あれ?あんた十乃じゃないか」
目の前に。
よりにもよって間車さんの
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