【六丁目】 「ようこそ“スネークバイト”へ」

 そして、週末の夜がやってきた。


 蛇尾山じゃびさんへは、僕…十乃とおの めぐる間車まぐるまさん(朧車おぼろぐるま)のみで向かうことになった。

 さすがに役場の公用車で行く訳にはいかないので、間車さんに自家用車を出してもらうことになる。


「いいか。警察からの依頼があったとはいえ、これは表面上、公務とは違う。お前達はあくまでもプライベートで蛇尾山に行ったていになる」


 黒塚くろづか主任(鬼女きじょ)はそう告げた。

 権田原警部との打ち合わせ後、出発前の前のことだ。


「トップ同士で話がついているようだから、この際、規律に関しては多少目をつぶってくれる部分はあるだろう。しかし、くれぐれも無茶はするな。特に、“スネークバイト”への参加は、状況次第では回避しても構わん。これは警察も承知の上だ」


「分かってるって♪バッチリ決めてくるからさ!」


 間車さんはいつになくテンションが高そうだ。

 警察や役場の上層部公認で、思う存分、運転業務に就けるからだろう。

 鼻歌混じりで肩なんか回している。

 黒塚主任は溜息を吐いて、僕をチラリと見た。


「十乃、お前には、に期待している」


 …要は「間車さんが羽目を外さないよう、よく見張っとけ」ということだろう。


「僕、朧車の運転免許なんて、持ってませんよ」


 不貞腐れたように言ってみる僕。

 主任は少し笑って、


「上手いことを言うな。だが、本庁内で、彼女の取り扱いに最も優れているのは、お前しかいない。これまでの実績から見てもな」


「僕は、主任の方が適役だと思いますが」


「私は、自分で運転する車以外には乗らん主義だ」


 …き、汚い…


「という訳で、健闘を祈る」


 こうして、何とも温かい声援を受け、僕達は出発した。


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 蛇尾山は、決して高い山ではない。

 だが、思いのほか深い谷間があったり、見通しの悪いカーブが連なったりと、運転にはそれなりに気を遣う場所である。

 夜間ともなると、交通量も格段に減り、人気もない。

 そんな山中にある、休憩所の駐車場が“スネークバイト”の会場になっているらしい。


ごんダンナの話じゃ、集まっている連中の中に、警察関係者が紛れてるって話だったな」


 ハンドルを握りながら、間車さんが確認する。

 ちなみに「権ダンナ」とは権田原警部のことだ。

 間車さんがつけた愛称なんだそうである。

 聞けば、降神町おりがみちょう役場に勤める前から、色々と顔を合わせる機会が多いとのこと。

 理由は、怖かったので聞かなかった。

 何せ、彼女の職歴には、宅配便やタクシー運転手の他に、ヤバめの筋の運び屋なんてのもあったらしい。

 …運転技能を活かす職に就くのは良いけど、雇用先を考えて欲しいと思う。


「ええ。その人達がいざという時、サポートしてくれるとか」


 その他にも、すぐに駆けつけられるよう、白バイ隊も付近に待機しているらしい。

 陣頭指揮は、権田原警部が採っているようなので、その点は抜かりも無いだろう。


「でも、新顔の僕達がいきなりレースに参加出来るんですかね?」


「根回しなら出来てるらしいし、大丈夫だろ」


 そうこうしている間に、会場になっている駐車場が近付いてくる。

 駐車場は、車が40台くらい停められそうな広さがあった。

 後はトイレと自動販売機しかない。

 そこに何台ものバイクや車が集まっていた。

 派手なロック調のBGMが流され、大声で騒ぐ様子が見てとれる。


 うわぁ…

 想像してはいたけど、やはりあまり柄のよろしくない方々がいらっしゃる。


 僕達の車が入ってくると、全員の視線がこちらに向いた。

 気のせいか、睨まれてる気がする。

 猛烈に帰りたくなってきた。


「ま、間車さ~ん…」


「情けない声出すな。あたしらは無名の挑戦者チャレンジャーなんだ。歓迎なんざしてくれないさ。どのみち、アウェイ勝負もいいとこだしな」


 様子を見ていた走り屋達の中から、二人の男が歩み寄ってきた。

 まるで、洋画に出てきそうな、バイカー姿の大男だ。

 夜間なのにかけているサングラスが、いかにもな雰囲気を出している。

 二人は目配せし合うと、サイドウィンドウに顔を寄せ、中を覗いてきた。

 間車さんがウィンドウを下げ、男に話しかける。


「“今夜は月がきれいな夜だ”」


 ちなみに、今夜は曇りで月など出ていない。

 これは、あらかじめ決めていた「合言葉」だ。

 果たして男は頷き、


「…お待ちしてました。自分は降神警察、地域安全課の馬橋まばしです」


 そして、背後に立つ、もう一人の男を振り返り、


「あっちは牛島うしじまです。お二人のサポートを任されてます」


 おお!?

 この見るからにその筋の二人が、権田原警部が言っていた、潜入警官だったとは、


 …警察、本気すぎ。


 間車さんは頷き、


「あたしが間車、こいつが十乃だよ…で、状況は?あたしらは、どう動けばいい?」


「“スネークバイト”の準備はほぼ終わってます」


 馬橋さんは、声を潜めて続ける。


「自分達は一カ月前に潜り込んで、連中に顔を売ってあります。今回、お二人は自分達が招いたゲストって立場になってます」


「OK。じゃあ、後は…」


 間車さんが舌なめずりした瞬間、


「馬橋!」


 背後にいた牛島さんが、鋭く叫ぶ。

 目を向けた僕は、驚愕した。

 いつの間にか、すぐ近くに一人の女性が佇んでいる!

 漆黒のライダースーツに身を包んだ、背の高い女性だ。

 長い髪と鋭い目つきが印象的だ。


 それよりも。

 いつの間に、こんな近くに!?


妃道ひどうさん…!」


 馬橋さんが呻くように呟く。

 妃道と呼ばれた女性は、まるで退屈の最中、格好の暇潰しを見つけたいたずらっ子のように、笑った。


「ようこそ“スネークバイト”へ」


 これが。

“スネークバイト”を統べる峠の女王、妃道ひどう わだちとの遭遇だった。

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