【五丁目】「なーに、あたしの【千輪走破】がありゃあ、無敵だっての!」

 権田原警部ごんだわらが帰った後、僕たちは会議室に残った。

 部長と課長は「全てを黒塚くろづか主任に一任する」と言って、退室した。

 無責任なように見えるが、部長はこういう時に理解がある人だし、課長は気弱で穏やかだが、人となりは良い。

  むしろ、主任の手腕に全幅の信頼を置いているからだろう。


「では、話の整理しよう」


 黒塚主任(鬼女きじょ)は眼鏡のブリッジをくいっと上げた。

 権田原警部の話を要約すると、


 1.降神町おりがみちょうの東、蛇尾山じゃびさんで週末の夜になると走り屋たちが集う。

 2.彼らは“スネークバイト”という私的レースに興じている。

 3.最近、凄腕の走り屋がリーダーになった。

 4.そのリーダーが幅を利かせ始め、レースや集団素行が過激化している。


 そして、


「5。その走り屋は妖怪である可能性が高い」


 黒塚主任が唇を噛む。

 僕…十乃とおの めぐる間車まぐるまさん(朧車おぼろぐるま)は、声もない。

 妖怪が犯罪めいた事件に関わることは、これが初めての例ではなかったが、ショックではある。

 普段、彼らと接している僕としては、情報が間違いであれば、とも思う。

 危険な妖怪、人を襲う妖怪もいるにはいるが、それも昔ほど多い訳ではない。

 故に、いまは人間達も彼ら妖怪に対し、門戸を開いていこうと、動いている過渡期なのである。

 今回の件で、世間が「妖怪は危険な存在」と考え始めれば、せっかく人間社会に馴染もうとしている妖怪達に危害が及ぶ可能性だってある。


「四の五の言っても始まらねーよ、あねさん」


「姐さんはよせ」


 黒塚主任が間車さんをたしなめる。

 姐さん…確かに番傘を差して、着物を着て歩けば、組の若い衆が背景として馴染みそうな気がする。


「十乃も余計な想像をするな」


「は、はいっ」


 …何でバレたんだろ?


「要は、あたしらでそいつを負かしゃあいいんだろ」


 間車さんがニヤリと笑った。


「“スネークバイト”の参加者として、さ」


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 権田原警部の話によると、現在走り屋たちのリーダーを名乗っている人物(妖怪)は、こう宣言しているそうだ。


“自分より速い奴、自分を負かせる奴がいたら、リーダーを辞める。そして、誰からの挑戦も受ける”


 ものすごい自信に彩られた言葉である。

 モータースポーツのことはよく分からないが、どんな分野でも、頂点に立ち続けるということは、生半可なことではないと思う。

 だが、それだけの自信をもっている者がリーダーなら、ついて行こうという人間も多いだろう。

 もしかしたら、警察への挑発も込められているのかも知れない。

 権田原警部補は言った。


「なら、その自信を砕くだけです」


 真っ向勝負で勝ち、その人物をリーダーの座から引きずり降ろすことで、他の走り屋連中の牽制する…つまり、相手の大口ビッグマウスを逆手に取るってことだ。

 荒っぽい賭けだが、いざレースとなれば証人はたくさん出る。

  いくばくかの効果は期待できそうだ。


 ただ、問題があった。


 相手が妖怪だけに、人間の運転技術では到底敵わない。

 現に、追尾した白バイ隊員やパトカーは、手も足も出なかったそうである。


「お恥ずかしい話ですが、目には目を…という訳です」


 つまり。

 妖怪の相手には妖怪を、ということだ。

 その考えに至った時、権田原警部の頭に心当たりが浮かんだ。

 それが、降神町きっての悪名高き天才ドライバー、間車さんだった。


 本来、こんな案件は同じ公務員とはいえ、役場の職員に警官が頼めるような内容ではない。

 しかし、警察側は「死傷事故が起きる前に“スネークバイト”何とかしたい」という思惑があり、役場側も立場上「妖怪が悪事を働き、世間の印象を悪くするのは避けたい」という部分で利害が一致した。

 聞けば、お互いのトップ同士、話もついているらしい。


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「そうは言うが、勝算はあるのか?こちらには相手の実力を測るデータも無いんだぞ。人間ならともかく、同じ妖怪となれば、簡単には勝たせてくれまい」


「なーに、あたしの【千輪走破せんりんそうは】がありゃあ、無敵だっての!」


 胸を張る間車さん。

 【千輪走破】というのは、妖怪“朧車”である間車さんの持つ「妖力」の名称である。

 通常、妖怪達は各々「妖力」という固有の超常的な能力を保有している。

 分かりやすく言うとゲームなどでいう「スキル」みたいなものだ。

 これを有するため、妖怪達は空を飛んだり、怪力を発揮したり、火や水を操ったりと、人間にはおおよそ不可能なことをやってのける。

 ちなみに間車さんの【千輪走破】は、乗り物で車輪さえ付いていれば、一輪車から戦車まで自在に操り、その性能をもパワーアップできるという代物だ。

 今回のような場合ケースには、とても心強い能力である。

 言い伝えにある妖怪“朧車”は、元々、貴族の牛車が物見遊山で場所取りを行う際、そのいさかいが怨恨となって積り、生じた妖怪だ。

 「だから、場所取りがスムーズにできるよう、運転能力を底上げする能力になったんじゃねーの?」とは“朧車”本人の弁だ。


 …ホントですか、間車さん。


「よかろう。そこまで言うなら、私も信じよう」


 と言いつつ、ひじょーに不安そうな表情の黒塚主任。

 権田原警部補から「四丁目の暴走事件」を聞いたせいかも知れない。


「では、解散だ。後は権田原警部が段取りを計るそうだ。お前たちには、後日詳しい指示を出す」


 …ちょっと待った。


「あの、主任」


「何だ、十乃」


 僕は最初から抱いていた違和感に、嫌な未来を感じた。


「いま『お前たち』って言いました?」


「ああ、言ったが?」


 不思議そうな顔になる黒塚主任。


「えっと…今回は間車さんだけじゃ…」


「十乃」


 黒塚主任はニッコリ笑い、


「お前は安全弁だ。こいつが暴走しないよう、よく見ておけ。それにお前が同乗していれば、こいつも無茶できまい」


「……」


「他に質問は?」


「…ありません。残念ながら」


「心配すんな!あたしの腕はよく知ってるだろ!」


 豪快に笑いながら、背中をバシバシ叩いてくる間車さん。

 僕はその声を遠くに聞きながら、頭を抱えたのだった。

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