チャプター2 京都から来た陰陽課


「……つまり、火乃宮さんと五行さんのお二人は、京都の街で盗みを働いた妖怪を追ってはるばる東京へ?」

「はい。『枕返し』という異人さん――つまり、妖怪です。普段は幼い男の子のような姿をしていて、夢の中と現世を自由に行き来できる力を持っています。彼が盗んだのは、修験道の開祖であり、鬼を従えた霊能力者としても知られる役小角の天球儀。小角が瞬間的に移動する際に指針に用いたとされる道具ですね。それ自体に危険な呪力などはなく、なぜあんなものを盗んだのかは不明ですが……でも、貴重な文化財であることは確かですし、何より、盗難を放置するわけにはいきません」

 少し後、市ヶ谷駅近くの小さな公園のベンチにて。琮馬の問いかけに祈里は流暢に回答し、ですよね、と傍らに立つ上司を見た。依然不機嫌な顔の春明が、円盤と正方形の台紙を組み合わせた奇妙な道具を手にしながら、ぶっきらぼうに首肯する。

「夢ってのはどこにでも通じてるから、その気になれば枕返しはどこにでも行けて何でもできる。夢と現世を行ったり来たりしてるだけなら罪もねえんだが、てめえの退屈しのぎの為に何でもやらかす危険な奴だから始末が悪い。幕末に俺が退治したはずが、いつの間にか生き返ってやがってな」

「え。五行君、今『幕末』って言った? 幕末って、あの幕末……?」

「他にどの幕末があるんだよ」

 何かのまじないなのか、円盤をぐるぐると回しながら即答する春明である。この人一体何歳なんだ、見た目は自分より年下なんだけど。というかタメ口じゃまずかった……? 詠見の胸中に疑問や不安が湧き上がる。それを察したのだろう、祈里が申し訳なさげに頭を下げた。

「すみません。うちの主任、慣れない場所なもので緊張してるんです。この人、ずっと京都から出られなかったので……。昨年、あるじがわたしに変わったことで出られるようになったみたいなんですが」

「『あるじ』? でも、五行君の方が役職は上なのよね」

「はい。主任は上司で先輩なんですが、陰陽術的な契約関係ではわたしの方が主人なんです」

「ややこしいのね……」

「お化けやその仲間は、えてしてややこしいものですよ、滝川さん。それで、すみません、火乃宮さん」

「はい、何でしょう六道先生」

「先生はやめてくださいよ、照れますから……。先ほど、『異人さん』という言葉を『妖怪』と言い換えられましたよね。京都では妖怪を……つまり、僕達みたいな存在を『異人さん』と呼んでいるんですか?」

 口を挟んで尋ねたのは琮馬である。はい、と祈里がうなずくと、琮馬は意外そうに目を瞬いた。

「それはつまり、総称が必要なほど、妖怪――『異人さん』の数が多いということですか……?」

「存在が公表されているわけではないので、皆さん、表向きは人間として暮らしておられますが、現在異人として登録されている方は三千人と少しですね」

「そんなに……!」

「別に驚くことでもねえだろ、作家先生。あんただってお仲間じゃねえか」

 円盤を回したり止めたりしながら春明が言う。それはそうですけど、と琮馬が苦笑した。

「東京にはもう、ほとんど妖怪はいませんからね。少なくとも僕の知る限りでは……。いいなあ、京都に引っ越したくなってきました」

「先生? 連絡は取れるようにしておいてくださいね?」

「冗談ですよ、滝川さん」

「もしご旅行などでお越しの際は陰陽課までお声がけくださいね。それはそれとして――主任、まだ枕返しさんの居場所は分からないんですか? いつもなら、あっさり占いで見つけてるのに」

「うるせえ! 知らねえ町だから勘が上手く働かねえんだよ! こちとら千年以上京都から出たことなかったんだぞ」

「あの……ちょっといいですか、五行さん」

 キレ気味に答える春明に向かって、琮馬がおずおずと手を挙げた。一同の目が集まる中、童顔で和装の小説家は照れ臭そうにベンチから立ち上がった。

「僕は売文しか能のないしがない妖怪ですが、一応、人外の気配を察することくらいはできるんです。実は僕、さっきから、妙な匂いを嗅ぎ付けていまして、おそらく、お探しの妖怪かと思うのですが……。知り合ったのも何かの縁ですし、よろしければご案内しましょうか?」

 自分の鼻先を小突きながらやんわりと告げる琮馬である。それを聞いた春明はきょとんを目を丸くした後、占い用の円盤――六壬式盤――を内ポケットへと突っ込み、心底忌まわしげに舌打ちをした。

「そういうことは早く言え」

「すみません」


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