チャプター6 六道邸にて(二)


 春明が阿頼耶に悪態を吐き、阿頼耶がドライに受け流し、二人を琮馬が優しくなだめる。そんな男子達のやりとりを、机の反対側に集まっていた女子三人が眺めていた。湯呑を手にした祈里は、程よい温かさのお茶を一口味わい、しみじみと声を発した。

「六道先生、すごくいい人ですねえ。滝川さんが羨ましいです」

「そ、そう?」

「ええ。だって六道先生、紳士的で落ち着いてるじゃないですか。この上なく理想的な市民です! それに比べると、うちの主任、喧嘩っ早くて態度も悪くて」

「あ、ちょっと分かります。あたしの先輩も偏屈で怖いんですよね……。ほんと人当たりが良くなくて」

「お互い苦労しますよねー」

「ねー」

「おいそこ! 思いっきり聞こえてるからな! 後で覚えとけよ!」

「……俺の人当たりが悪いのは、敢えてそう振る舞っているからだ」

 労い合う祈里と礼音に、春明と阿頼耶の反論が飛ぶ。それを聞いた祈里達は再度溜息を吐き、お互いの顔を見交わした。

「ほんとすみません、主任、口が悪くて。ああ見えて優しいし、悪い人じゃないんですが」

「い、いえいえ。あたしの先輩もその……全然、悪い人じゃないんですが……と言うか……」

 そう答えた礼音の顔がほんのり薄赤く染まり、語尾がごにょごにょと濁って消える。そのあからさまな態度に、詠見は琮馬達と話し込む阿頼耶と礼音とを見比べ、軽く首を傾げた。

「礼音さん、阿頼耶君と付き合ってるの?」

「えっ? ど、どうしてそれを! 編集者の第六感ですか?」

「そんな大層なものはないけど……そうなのかなって。やっぱりそうなんだ」

「う。そうなんだと聞かれると、そうじゃないとは言えないわけで、滅相もございませんが……うう……まあ、ええ……ちょっと前から……おっ、お付き合いを……しておりますが……」

 消え入りそうな声を発しながら、真っ赤になった礼音が胸元のペンダントをいじくり回す。隠し事のできない性格なのだろう、相手のことを思っているのがありありと見て取れ、詠見は、可愛いな、いいな、と素直に思った。

 編集者という仕事柄、普段は目上や年上の人と話すことが多いので、自分より若い相手とこうやって気楽に話すこと自体が久々だ。礼音も祈理も──それにまあ、見ようによっては阿頼耶や春明も──好感の持てる性格の持ち主なので、話していて気持ちが良い。

 ああ、これで原稿が取られてさえいなければ……。

 何度目かの溜息を落とす詠見。その顔を、礼音が「そう言う滝川さんは」と見返した。

「どうなんですか。六道先生とは」

「え。私? 私の場合は、編集者と作家だからね。そういうのはないかな。仕事の上での大事なパートナーではあるけれど」

「へー、そうなんですね。お姉さんと弟みたいでお似合いなのに」

「それよく言われるけどお似合いでも何でもないし、六道先生あれですっごく年上だからね? 祈里さんは五行君とはどうなの?」

「わ、わたしですか? 主任とは別にそんな……だって公務員としてあるまじきことですから、はい! そうです公務員として!」

 何度も自分の言葉にうなずく祈里である。別にいいのではと詠見と礼音は思ったが、そこを追及すると法令を盾にした長い反論が来そうなので掘り下げるのはやめておいた。

「それで、礼音さんはどうして今日は市ヶ谷に? 大学は都内じゃないんでしょう?」

「はい。杵松きねまつさんっていうあたしと先輩の友達がいて、先輩のスマホを防弾にしてくれた人なんですが、その人が、せっかく付き合い始めたんだから、たまには二人で出てきなよって言ってくれて。だから、ちょっと足を延ばして有名な怪談の舞台の四ツ谷を見にきたんです」

「デートの場所おかしくない?」

「わたしもそう思います」

「あたしも思うんですけど、先輩そういうところじゃないと付き合ってくれないんですよ……。そこであの子に――枕返しに出くわして。子供に助けを求められたら、人として放っておけないじゃないですか」

「そうかなあ……。さっき聞いた時も思ったけど、礼音さん、小説の主人公みたいね」

「えっ? そんな大したものでは。普通ですよ普通」

「いえ、とても立派だと思います! 市民の鑑です! 主任、怖かったでしょう?」

「ちょっとは……。でもまあ、あたし結構場慣れしちゃってるので」

「場慣れ?」

「はい。先輩と一緒にいると、ああいうのよくあるんですよね。暴漢五人くらいまでは日常風景、人知を超えた力の使い手が出てきて当たり前、みたいなところあるので」

「……小説の主人公みたいね……」

「もうー、やめてくださいよ詠見さん」

「誉めてないからね? 照れるところじゃないと思うよ?」

 謙遜する礼音に呆れた後、詠見はふと腕時計を見た。

 時刻は既に午後八時を回っている。編集部に戻って打ち直す手間を考えると、原稿は遅くとも明日の朝までに取り返さないと間に合わないが、平凡な社会人でしかない自分にはできることが何もない。再度大きな溜息を落としそうになったその時、六壬式盤を回していた春明が「む?」と怪訝な声を発した。占いの結果が出たようだ。

「何か分かったの?」

「ん? 誰かと思ったら滝川か。急にえらい剣幕だな」

「締切間際の編集者はこんなものです! それより、どうなの五行君! 枕返しが見つかったの?」

「ああ、まあな」

「え。見つかったんですか? だったら主任、どうしてそんな困った顔を……? 行きづらい場所だとか?」

「いや、そういうことじゃねえ。こちらの六道先生の暗闇から暗闇に転移する術ってのを陰陽術で強化してやれば、理論上はどこへだって追っていけるはずだ」

「へー! 今の聞きました? 凄いですね先輩」

「だから陰陽術がそんな万能なはずはないのだが……そもそもあれは天体観測と吉凶の占いのために発展した技術であって、何でもできる不思議な術体系という考え方自体が戦後になってから定着したものだし」

「ぼそぼそうるせえぞ妖怪学! 俺のところのルールじゃ十三世紀前からそうなってるんだよ! ともかく、そんなわけで、居場所さえ掴んじまえば、追うことはできるんだが……あいつ、何を考えてあんなところへ?」

 阿頼耶に怒鳴った後、難しい顔で再度首を傾げる春明である。あんなところと言われても、聞いている側には何のことだかさっぱりだ。一同を代表した祈里が「どこに行ったんです?」と尋ねると、春明は愛用の呪具を机に置き、溜息とともに言い放った。

「『どこ』と言うより、『いつ』だな。枕返しが向かった先は、西暦一九一七年……。百年前の、大正時代だ」


「ひとり妖怪大戦争(後編) 六道先生の原稿は順調に遅れています with お世話になっております。陰陽課です VS 絶対城先輩の妖怪学講座 meets『帝都フォークロア・コレクターズ』」に続く!


>>>後編は2月23日 メディアワークス文庫公式ホームページ( http://mwbunko.com/ )にて公開予定!

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「ひとり妖怪大戦争(前編) 六道先生の原稿は順調に遅れています with お世話になっております。陰陽課です VS 絶対城先輩の妖怪学講座」/峰守ひろかず 富士見L文庫 @lbunko

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