あの人

ツナ缶

やきもち

「ココアを一つ。ラージでお願いします。」

しとしとと雨が降る日、駅前の喫茶店で。

「はいかしこまりました。あちらでお待ちください」

すらりと伸びた綺麗な指で指されたところまで歩いてゆく。

この喫茶店にくるといつも暖かい。夏だろうと冬だろうとそんな気持ちになる。別に常に厚着をしているわけでもないのに。

この喫茶店ではいつも同じ席に座る。

窓際で、なおかつレジがよく見えるところ。

初めてきた時もこの席に座った。

あの人がよく見えるところ。

指が綺麗ですらっとしていて、一重の瞳に目が合うと捕まったように離れなくなる。

そのせいで、一重の人にしか興味が湧かなくなった、と友人に言ったら笑われたっけ。

次の日、また喫茶店にきた。

連日来るのは初めてで、この曜日の日に来るのも初めてだった。雨がうっとおしくて少し逃げたくなったからだ。

「また来てくれたんですね」

あの店員さんが居てそんなことを言われた。

「雨が降ってて、外歩きたくなくて」

「私も雨の日嫌いです。髪の毛とかボワっとしちゃうんですよねー。いつものでいいですか?」

「は、はい」

いつも同じものを頼んでいるのがバレて、かなり恥ずかしかった。

「ここのココア美味しいですよね。ではいつものところでお待ちください」

また導かれるように指されるところに向かった。

レジで接客をしている店員さんは、誰にだって笑顔で接していて、少し羨ましかった。

自分もそんな笑顔を向けられてみたい。

ぼーっとココアを飲む。

SNSで他愛もない話をしながら穏やかに座っていた。

ふと、レジにはなんだかかっこいい人が立っていた。自分とはかけ離れてどうしたってあんなにはなれないだろう。そんな人。

店員さんは、見たこともないほどキラキラした目でその人と話をしていた。

自分はブラックコーヒーを飲んでいたのだっけ。そんな錯覚をした。

いつまで話をしているのだろうか。店員さんはもっと話がしたいようで、離さなかった。

雨の日だということも相まって立ち話。

あの二人はとても楽しそうだと思った。

ようやく飲み終えたコーヒーカップを静かに置いた。

こんな苦いものをなんで頼んだんだろうか。

ココアを頼んだことなんて忘れて、苦い口内にイライラした。

もう帰ろう。コップを片付け店を後にしよう。

傘を取って店を出る前に、司会の端に映った。

さっきまで自分がいた席で、あの人がココアを飲んでいるのを。

冷たいはずの雨が、なんだか心地よく感じた。

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あの人 ツナ缶 @fvy4uheijeo

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