恨みを売る男

 珍しく、依頼である。

 明良があかり葬儀社のスタッフとして触れた恨みを拾い上げるのではない。


 復習代行屋としてのルーシーに接触をして来る人間が、稀にいる。

 無論、ルーシーは、顔は見せない。インターネット通話で話すだけだ。


「ある男達を、殺してくれ」

 そう、依頼主は言った。

「あんた、復讐代行屋なんだろう」

 ルーシーは、無言である。相手のパソコンには、真っ黒な画面が映っているだろう。


「男達、とは何だ」

「男達さ」

「複数ということか」

「一人しか、無理か」

「いいや」

「なら、男達、だ」

 依頼主は、話を続けた。


 依頼者の知り合いが拉致され、散々に暴行を受け、その後行方不明になっているという。知り合いというのは、職場の後輩の女性。依頼者は、その女性に片想いをしていたという。


「何故、暴行を受けたことを知っている」

「助けを求める電話が、来たんだ」

 大勢の男に、暴行されそうになっている。それを、カメラで撮影されている。そういう内容であった。


 悲鳴と共に、通話は切れたという。

「画像がある」

 被害者の女は、無料通話アプリで通話のみをしているように見せかけて、ビデオ通話にして映像を依頼者に送信していた。それを、依頼者はキャプチャーし、保存していたのだ。


 ルーシーのもとに送信された画像に、ウイルスなどが含まれていないか伸がチェックをした後、開く。

 そこには、こちらに向かってビデオカメラを向け、へらへらと笑う男や、壁にもたれかかりながら腕組みをする男が映っていた。


「リアリズムの追求か。この女、晴れてビデオデビューってわけだ」

 伸が、一人で呟く。


「この画像の男が何者か、分かるか」

「分かるわけないだろ。どうだ、受けるのか、受けられないのか」

「いいだろう」

 ルーシーは、低く沈んだ声で言った。

「あんたの恨みを、買ってやる」


 金は、例によって、相手の言い値で受ける。依頼者は、その場で、インターネット上で入金をした。伸が別のパソコンで確認すると、二百万円分の仮想通貨が入金されていた。

「一人、百万。足りないか」

「いいや、構わない」

 ルーシーは、それで通話を切った。


 金のやり取りをする場合、大抵は、後払いである。依頼者からすれば、金を持ち逃げされてはたまったものではないからである。

 しかし、今回の依頼者は、前払いで入金してきた。無論、通話をしながら伸がSNSや役所のデータベースなどで、個人を特定している。

 大手企業の三十代の管理職であった。金には困っていないのかもしれない。


 そして、肝心の対象の男達である。

 送信されて来た画像や、アダルト映像をまとめ上げたサイトなどから、伸が検索を続ける。


 二時間ほどして、伸が対象を特定した。

「こいつだ」

 馬鹿馬鹿しいタイトルのアダルトムービーの中に、その男が映っていた。


 得意気な顔をして、悲痛な声を上げる女性を組み敷き、性的暴行を働いている。

「最近のAVは、良くできてるからな。本物か演技か、見分けがつかないな」

 伸が、その映像を見ながら、言った。


「この場所がどこか、分かるか」

「任せろ、ルーシー」

 ラブホテルらしき一室。都内から手を広げ、あちこちのサイトを渡り歩き、撮影に使われたホテルを特定した。


 それは、東京から程近い、埼玉県の国道沿いのホテルであった。

「あとは、あんたの出番だな」

 伸が、プリントアウトした男の顔のクローズアップを、ルーシーに手渡した。



「警察の者です」

 ルーシーは、偽物の警察手帳をホテルのフロントの者に見せた。

「この男に、見覚えはありませんか」

 ホテルのフロントは、客の顔が見えないようになっている。だから、ルーシーと従業員も、互いに顔は見えない。


「すいません、ちょっと、分からないです」

 従業員は、素直にそう答えた。

「そうですよね」

 ルーシーは、人の良さそうな若い刑事の声で困ったように笑い、

「例えば、服装とか、その他の特徴なんかも、見覚えはありませんか」

 と重ねて聞いた。


 このような場合、人は、ざっと見た印象でものごとを断ずる。そこを、掘り下げて思い返させるのだ。

「あ」

 従業員は、何かに気づいた。

「この、カメラを持っている人。この人のブレスレットに、見覚えがあります」


 聞けば、この従業員はアルバイトで、毎週木曜と金曜の、夜のシフトに入っているのだという。週に一度か、二週に一度くらいの割合で、同じブレスレットをした男が、別の女を連れて利用するのだと言う。

「高いブランドのやつでしょ、これ。いつも連れてる女の人の声とか、服装が違うから、金持ちになればいい思いが出来て羨ましいなと思っていたので、覚えています」

「ということは、今日か明日、来るでしょうか」

「そうですね、先週は来なかった。もしかしたら、今日か明日あたり、来るかもしれません」

「ご協力、感謝します」

 ルーシーは、真面目そうな声で礼を言い、フロントから出た。


 そのまま、ホテルの駐車場で、待ち伏せる。

 時おり、車の出入りがあるが、夜の暗がりの中、真っ黒なコートを着ているルーシーに気付く者はいない。


 また、一台の車。

 運転席から男、助手席からは、女。

「いいの、こんなに沢山」

 男は、画像の男であった。財布から、一万円札の束を無造作に女に渡している。


「いいさ、そのかわり、は取らせてもらうぜ」

「もう、何言ってんのよ」

 話す二人が無意識に取っている距離から、初対面であるとルーシーは見た。


 ここでもよいが、女が邪魔である。それに、対象は、「男達」である。あの画像に映っていたもう一人の男は、どうしたのか。

 気配を消し、二人のあとを尾け、ホテルの中に。どの部屋を選んだのかを見定め、再び駐車場へ。


 また暫く待つと、別の車が停まった。三人の男が、降りてくる。

 彼らのうちの一人の手に、画像に映っていたのと同じ型のビデオカメラがあった。

 ルーシーは確信をもって、彼らのあとに続いた。


 男女が選んだのは、三階の部屋。

 彼らはフロントを通らずエレベーターに乗り込み、三階で停止する。

 ルーシーも、また一階まで降りてきたエレベーターに乗り、三階へ。監視カメラに映らぬよう、顔は伏せている。


 目当ての部屋に至り、チャイムを鳴らす。このようなホテルでも、食事やその他のサービスを提供するために、チャイムは設置されている。

 応答はない。無視しているのだ。

 ルーシーは、鍵穴に、針金のようなものを突っ込んだ。

 暫くの間、音を立てることなくそれを回したり、少し抜いたりしているうちに、鍵が開いた。


 そっと、ドアを開く。

 男物の靴が四足、女物の靴が一足。それと同じ数だけの男の笑い声と、矯声とも悲鳴とも付かぬ女の声。

 散らかった靴を踏みつけ、上がり込んだ。

 コートのポケットから、黒く光るものを取り出して。

 その先端に切られたねじに、筒のようなものを取り付ける。予め、中のバッフルと呼ばれるスポンジのようなものを湿らせている。


 便利な世の中である。伸に頼めば、このようなものでも、インターネットで買える。

 対象が一人の場合は素手か刃物であるが、「男達」が相手だから、これを持って来たのだ。

 対象以外に、無関係な女が一人いるが、どうでもよい。


 人の業の深さを描いた宗教画のような光景に向け、手にしたものを引き絞った。二二口径の小さな弾が、叫ぶ女を静かにした。

 続けて、二発。

 女に群がっていた男二人が、何が起きたのか分からぬといった表情のまま、ベッドや壁に、頭の中のものを飛び散らせて死んだ。

「お、おい」

 残った二人の男は、画像にあった男どもである。動転した声を上げ、未知の恐怖に対する反射的動作を取った。


 ルーシーの声は、深く、沈んでいる。

「あんたら、恨みを、買っているな」

 男達には、何か思い当たる節があるらしい。

「あいつの、差し金か」

 ルーシーは、答えない。

「俺たちは、悪くない。全て、あいつの指示なんだ」

 そう言った男が、他の者と同じような、真っ赤な何かを飛び散らせて死んだ。

「た、助けてくれ」

 高いブランドもののブレスレットを付けた男が、裸のまま床にひざまづいた。

「あいつに言われて、俺達は撮影してるんだ」

「お前の言う、あいつに頼まれて、俺はここにいる。あいつ、という奴の知り合いの女を、どうした」

「俺は、何もしてねぇ。あいつが、こ、殺した」

「そうか」

 ルーシーは笑わず、ただ構える。


「あいつは、こういう商売をしてるんだ。どっか、ヤバい連中と、よくつるんでる。リアルなやつを撮れば、金が沢山入るらしい。だから、この前は、あいつの知り合いって女を」

 それで解放されると思っているのか、聞きもしないことを、男は次々と話す。

「それで、お前達は、口封じに、殺されるのか」

「やめてくれ。俺を殺して、あんたに、何の得が──」

 そこで、男は静かになった。


 ルーシーは、僅かな間、その光景を見、部屋を後にし、また夜の闇に滲むようにして歩いた。

 その闇の中、彼は呟いた。

「あんたの恨み、買ってやるよ」



 結局のところ、依頼者が、自分ののためにしていたことがエスカレートし、何か足が付きそうになったとかで、口封じのためにルーシーに、恨みを晴らしてほしいと偽り、依頼をしてきたのだろう。

 経緯や過程は、どうでもよい。

 恨みがあれば、ルーシーはそれを買う。


 それが、買うに値する恨みであるならば、だ。


 ルーシーは、何日かした後、一人の男の前に立った。季節は、もう春一番が都心でも吹く、と予報で言われる通り、強く、生暖かい風が吹く頃になっている。

 それでも、ルーシーは、黒いコートを着たまま。


 男は、その黒い影が何者であるのか察したらしい。

「こんなところまで、出張かよ」

 ルーシーは、答えない。

「やれやれ。まさか、頼まれもしない殺しを、買って出るとはな。正義の味方気取りか」

 ルーシーは、ぽつりと口を開いた。

「あんた、恨みを、買っているな」


 ルーシーがその場を去るとき、その背後には、依頼者の男の死体が、血を流して転がっていた。


 重ねて言うが、彼の行いは正義ではない。

 ただ、彼が恨みを買い取るのは、何も生きた者には限らぬというだけのことである。

 今死んだ男が依頼してきたときの映像。その中で、叫び声を上げていた女。その恨みが買われ、血になって流れた。

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