王忱3  おじの范寧   

范寧はんねい王忱おうしん

良好な伯父、甥の関係だった。


范寧が言う。


「王忱よ、全くそなたは

 その立ち振る舞い、その知性。

 まこと若者の次世代の旗手よな」


王忱が言う。


「叔父上無くして、

 私はおりませんでしたでしょうに」



才人ではあった、范寧。

だが、何かと不遇をかこつ人であった。


父の范汪はんおう庾亮ゆりょうの属僚であったため、

その後台頭した桓温かんおんには冷遇される。


加えて、王忱はともかく、

その弟の王国宝おうこくほう。これがいけない。

この男、おじのことが大っ嫌いであり、

孝武帝こうぶていにあることないことを讒言。


難を逃れるため、范寧、

豫章よしょう太守の任を買って出、地方に脱出。



ただ、そこではお仕事熱心すぎて、

やや煙たがられていたようである。


四月八日。この日は仏陀ぶっだの誕生日。

なので范寧、豫章の仏寺に、

仏を迎える儀礼をおこなうよう

ふれを出した。


えー、なんでそんなこと

いちいち言われにゃあかんの?

僧侶たちはこのおふれに

どう対応したものか迷う。


うーん、

返事とか出した方がいいのかしたら?

そんな風に迷っていた時、

座の隅っこにいた小坊主が言った。


「仏陀の沈黙は、

 許可という意味となりましょう」


おっそうだな、お前いいこと言うゥ!

なので僧侶たちは、

范寧のこのふれに対して

返事を出さなかった。




范豫章謂王荊州:「卿風流俊望,真後來之秀。」王曰:「不有此舅,焉有此甥?」

范豫章は王荊州に謂えらく:「卿は風流俊望、真に後來の秀たり」と。王は曰く:「此の舅有らずして、焉んぞ此の甥有らんか?」と。

(賞譽150)


范甯作豫章,八日請佛有板。眾僧疑,或欲作答。有小沙彌在坐末曰:「世尊默然,則為許可。」眾從其義。

范甯の豫章に作さるに、八日の請佛に板ぜる有り。眾僧は疑い、或いは答えを作さんとこを欲す。小沙彌有り、坐末に在りて曰く:「世尊の默然なるは、則ち許したるべくを為さん」と。眾は其の義に從う。

(言語97)




世尊默然,則為許可

維摩経ゆいまきょう 入不二法門品にゅうふじほうもんぴんにのっている概念とのことである。入不二法門品においては、文殊菩薩もんじゅぼさつと維摩との対話と言う形式でテキストが進む。とは言っても、基本的には文殊菩薩の一方的なしゃべくりである。


例えば生と死のような対立していると思われる概念も、根本では同一のものである、と言った感じの議論を、いくつもの例を引いて文殊菩薩が展開。それに対する維摩の返答は沈黙。すると「なるほど、雄弁と沈黙、これもまた不二法であるな!」と文殊菩薩が得心した、とのことであるが、……んー? なんとなくわかるような、わからないような。


まぁそれにしたって、世俗のルールからしたらおふれに対してはリアクション取ってくれよ、って感じですわよね。そこをスルーされてしまう辺り、范寧さん仏僧たちとの距離感が微妙だったっぽい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る