桓玄15 温       

桓玄かんげんがまだ若かった頃の話だ。


中央に召喚されて

太子洗馬の任につくことになった。

名の通り、皇太子の馬番である。


荊州けいしゅうから船で建康に向かう。

途中、船は荻渚てきしょに停泊。


そこには王忱おうしんがいた。

王忱、この時五石散ごせきさんを服用しており、

少しふらふらとしている状態だった。


そんな状態で、

桓玄と面会することになった。

桓玄も、王忱の状態については

気にもかけず面会の席を設ける。


ここで出された酒が、冷たい。


これがヤバかった。

五石散の服用によって

感覚が鋭敏になってしまっている王忱、

これを飲むのは無理だ、と

側仕えに言う。


「おい、かい酒を持って来い!」


えっ。


温、それは桓玄の父親、

桓温かんおんさまの諱。


亡き父のことを思い出した桓玄、

いきなりさめざめと泣き始める。


気まずさを感じた王忱、

退席しようとした。


すると桓玄、

涙を布巾で拭いながら、引き留める。


「いかがなさったのです、

 我が家にまつわるいみなに触れ、

 ただ、私が悲しんだだけのこと。


 あなた様が引け目を

 感じられることでも

 ございませんでしょう?」


この桓玄の対応を見て、

王忱は感嘆した。


「桓玄くんは、この若さにして、既に

 達するところにまで達しているのだな」




桓南郡被召作太子洗馬,船泊荻渚。王大服散後已小醉,往看桓。桓為設酒,不能冷飲,頻語左右:「令溫酒來!」桓乃流涕嗚咽,王便欲去。桓以手巾掩淚,因謂王曰:「犯我家諱,何預卿事?」王歎曰:「靈寶故自達。」


桓南郡は召さるを被り太子洗馬に作され、荻渚に船泊す。王大は散を服せる後に已に小しく醉い、往きて桓を看る。桓は酒を設くるを為せど、冷たきに飲む能わざらば、頻りに左右に語るらく:「令す、溫酒を來さしむべし!」と。桓は乃ち流涕し嗚咽せば、王は便ち去らんと欲す。桓は手ずから巾を以て淚を掩き、因りて王に謂いて曰く:「我が家の諱を犯したれば、何ぞ卿が事に預らんか?」と。王は歎じて曰く:「靈寶は故より自ら達したり」と。


(任誕50)




現代人の感覚からすりゃただの当てつけにしか見えねえよなあ。


しかしこのエピソードを見ると、なるほど、桓沖かんちゅうが新しい着物に袖を通すのを嫌がった、と言うのが五石散の服用に接続してくるのもなんとなくわかった気がする。

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