王恭12 王孝伯の人となり

王恭おうきょうは、こんなことを嘯いている。


「名士と言う奴には、

 これと言って特別な才能は要らんのだ。

 特に何もせず、折りにつけ酒を痛飲し、

 楚辞そじ離騒りそうを熟読する。


 これだけをしていれば、

 名士と呼べようよ」



ずいぶんな皮肉のこもった言葉である。

では、そんなことを言う王恭、

どう周囲から見られていたのだろう。



ある人は王恭のその麗しい姿を見て

「そのおおらかで麗しいこと、

 春の夜の月下柳を思い出す」

とコメントしている。



また、のちに劉裕りゅうゆうの参謀として

活躍することになる人、孟昶もうちょう


かれは未だ栄達していなかった頃、

京口けいこうに住んでいたのだが、

そこで王恭を見かけたことがあった。


高輿に腰掛け、

鶴の羽毛でできたコートを羽織る。


時折りしも

かすかに雪がちらついており、

王恭の周りを白く彩っていた。


家の中からその姿を見かけた孟昶は、

ついつい詠嘆している。


「あれこそが神仙界に

 生きる人なのだろうな!」




王孝伯言:「名士不必須奇才。但使常得無事,痛飲酒,熟讀離騷,便可稱名士。」

王孝伯は言えらく:「名士に必ずしも奇才は須められず。但だ常に事無きを得たらしむるに、酒を痛飲し、離騷を熟讀さば、便ち名士と稱すべきなり」と。

(任誕53)


有人歎王恭形茂者,云:「濯濯如春月柳。」

有る人に王恭が形の茂なるを歎ぜる者あり、云えらく:「濯濯として春の月柳が如し」と。

(容止39)


孟昶未達時,家在京口。嘗見王恭乘高輿,被鶴氅裘。于時微雪,昶於籬間窺之,歎曰:「此真神仙中人!」

孟昶の未だ達せざる時、家は京口に在り。嘗て王恭の高輿に乘り、鶴氅が裘を被りたるを見る。時に雪微かにして、昶は籬間より之を窺い、歎じて曰く:「此れ真に神仙中が人なり!」と。

(企羡6)




離騒

屈原の作と伝えられる長編の詩。楚辞の代表作であり、世に容れられない人物の悲憤慷慨と神話的幻想世界への旅行が多数の比喩や擬態語を散りばめて歌われている。


……そうである。from ウィキペディア。

本編を探したら長かったのでカット。


いや、てゆうか、どう考えてもクソ野郎的振る舞いじゃないですかねえ……

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