王恭5  自らを量る   

庾翼ゆよくの幕僚として直言をなした

忠烈の士、江虨こうひんの息子。

劉宋りゅうそうで辣腕の文官として、

宋書にその名を残した江夷こういの父。


江敳こうがいとは、そう言う立ち位置の人だ。

もちろん本人も、優秀な人であった。


そんな江敳を副官として取り立てたい、

王恭おうきょうはそう思っていた。

が、常々江敳の返事はそっけない。


なので王恭、しびれを切らし、

自ら朝方に江敳の自宅を訪問した。


しかし江敳、王恭が来ても

寝床から出ようともしない。


寝床の前に王恭は座ったが、

さて、どう切り出したものか、と迷う。

ややあって用件を切り出したものの、

江敳に応じようとする気配もない。


それどころか侍従に

酒をもってこさせるよう命じ、

ひとり飲み始めてしまうではないか!


しかも、王恭に

酒を勧めようとする気配もない。


やや鼻白む王恭だが、そこは風雅の人。

笑いながら、言う。


「一人で飲んでいて、楽しいかね?」


すると江敳も答える。


「何だ、欲しいのならば

 言ってくれたまえよ」


そうして侍従に、

王恭へと酒をつがせた。


王恭、その酒を飲み終えると、

ついに江敳の招聘を諦め、

席から辞去する。


まさに帰らんとする

王恭の背中を眺めながら、

江敳は嘆息した。


「やれやれ、身の程を知ることの、

 何とも難しき事よ」




王恭欲請江盧奴為長史,晨往詣江,江猶在帳中。王坐,不敢即言。良久乃得及,江不應。直喚人取酒,自飲一碗,又不與王。王且笑且言:「那得獨飲?」江云:「卿亦復須邪?」更使酌與王,王飲酒畢,因得自解去。未出戶,江歎曰:「人自量,固為難。」


王恭は江盧奴を長史に為すべく請わんと欲し、晨に往きて江に詣づるに、江は猶お帳中に在り。王の坐せるに、敢えて即ちは言せず。良や久しうして乃ち及びたるを得たれど、江は應ぜず。直ちに人を喚びて酒を取り、自ら一なる碗にて飲みたれど、又た王には與えず。王は且つ笑い且つ言えらく:「那んぞ獨りにて飲みたるを得んや?」と。江は云えらく:「卿は亦た復た須めんや?」と。更に酌を王に與えしめ、王の酒を飲み畢えるや、因りて自ら解きて去りたるを得る。未だ戶に出でざるに、江は歎じて曰く:「人の自らを量りたるに、固より難きを為したり」と。


(方正63)




ここで江敳が王恭の招聘に応じていたら、もしかしたら王恭敗死の際に連座していたのかもしれないですね。


かれ自身は特に栄達らしい栄達もしていなければ、特に殺された、という記載もありません。変に立身することこそが危ない、そう考えて身を全うしたのかも。

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