王恭3  古詩に託つ   

王恭おうきょうはいわゆる覚せい剤、

五石散ごせきさんをひとしきり吸引した後、

その酩酊を飛ばすために

京口けいこうの町中をぶらりとし、

やがて弟の王爽おうそうの家の前にまで来た。


兄を出迎えに出てきた王爽を前にして、

王恭、質問する。


「古詩の中ではどの詩が

 最も良いと思う?」


え、なに? 何なの兄貴、いきなり?

えーと、ちょっと待ってね、

古詩、古詩……ねぇ?


考え込んだ王爽に対し、

王恭、しびれを切らしたか、

いきなり歌いだす。


「所遇無故物

  私の身のまわりには、

  もはや古きより

  なじみのものはない。


 焉得不速老

  ああ、どうしてこれで、

  老いゆくことが遅いだなどと

  言えたものだろうか?


 この詩こそが、

 最も心に響くのだ」




王孝伯在京行散,至其弟王睹戶前,問:「古詩中何句為最?」睹思未答。孝伯詠「『所遇無故物,焉得不速老?』此句為佳。」


王孝伯は京に在りて行散せば、其の弟の王睹が戶前に至り、問うらく:「古詩が中にて何ぞの句もて最と為したるや?」と。睹は思えど未だ答えず。孝伯は詠ずるらく「『故物無きに遇せる所、焉んぞ老いたるの速からざるを得んや?』。此の句を佳しと為す」と。


(文學101)




王爽になに絡んでんだよクソ兄貴、と思ったが、ひたひたと近付いてくる東晋朝の末期を感じ取ったのだろうなあ。……とは言え「行散」って本文にも書いた通り、言ってみればたちの悪い酔っ払いの酔い覚まし、てきな行いだし、結局のところいろいろアレ。



なお上掲の詩は文選の古詩十九に見え、その、十一番目。

下記サイトを参照。


https://chinese.hix05.com/Koshi19/koshi11.seisui.html


功無く老いさらばえた男が、それでも何とか名を残したいものだ、と詠嘆している詩。結局男は名を残さず、詩を残した。

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