陸機5  自新―淮南の戴淵

戴淵たいえんは若い頃、不遇の立場にあったため

荒くれどもに交わっては

しばしば狼藉を働いていた。


淮河わいが長江ちょうこうの間が、かれの縄張りだ。

行き来する商隊を襲撃しては、

その荷物をまきあげていた。


中央の役人として勤務していた陸機りくき

休暇中は江南こうなんに戻っていた。


休暇を終え、さて洛陽らくように戻ろうか、

と言った旅程の中、

みごとに戴淵に付け狙われてしまう。


陸機レベルの人間の旅程だ。

当然豪華な土産物がてんこ盛りである。


河を進む陸機の船に、

戴淵、河岸に置いた椅子に腰かけ、

年若い手下にてきぱきと指示を飛ばす。


戴淵のなしていることは悪事である。

それは間違いがない。

だがその指示の飛ばし方は実に適切。

まるで歴戦の将軍のようではないか。


船の屋上に設えられている

物見台に陸機はのぼり、

しばし戴淵の采配を眺めていた。

そして、遂には声を張り上げ、言う。


「そなたにはこれほどの

 才があるというのに、

 何故このように、

 盗人の真似などをしているのだ?」


よく通る、鐘のような声。

それはまっすぐ戴淵を射抜いた。


船に乗っていたのが陸機であると、

戴淵は気付いたのだろうか。

いや、どちらでもいいだろう。

その呼びかけは、それだけで

戴淵にショックを与えるのに

十分なものだった。


戴淵、盛大に泣き出す。

剣を投げ捨て、陸機の元に投降。

これまでの不遇のことを告白した。


その口ぶりの激しさには、

常ならざる才の片鱗が見え隠れする。


陸機はその才覚をいよいよ重んじ、

遂には司馬倫しばりんへの推薦状をしたためた。


「良弓も射手がいなければ

 功は挙げられず、

 美しき音楽を奏でる笙も、

 一本の管だけでは、メロディなど

 奏でようがございません」


貴き才には然るべき活躍の場を、

という事だ。


こうして司馬倫、次いで司馬越しばえつの下で

栄達した戴淵、八王はちおう永嘉えいかの難を受け、

東晋とうしんに合流。


そこで征西将軍せいせいしょうぐんにまで上り詰めた。

言ってみれば、西部方面軍の

最高指揮官である。


ただし王敦おうとんの乱に際し、

王敦に警戒され、殺されている。




戴淵少時,遊俠不治行檢,嘗在江、淮間攻掠商旅。陸機赴假還洛,輜重甚盛。淵使少年掠劫,淵在岸上,據胡床,指麾左右,皆得其宜。淵既神姿峰穎,雖處鄙事,神氣猶異。機於船屋上遙謂之曰:「卿才如此,亦復作劫邪?」淵便泣涕,投劍歸機,辭厲非常。機彌重之,定交,作筆薦焉。過江,仕至征西將軍。


戴淵の少き時、俠に遊び行檢を治めず、嘗て江と淮との間に在りて、商旅を攻めて掠う。陸機の假に赴き洛に還ぜんとせるに、輜重は甚だ盛んたり。淵は少年をして掠劫せしめんとす。淵は岸上に在し、胡床に據り、左右に指麾せば、皆な其の宜しきを得たり。淵は既にして神姿峰穎たれば、鄙事を處したると雖ども、神氣は猶お異たり。機は船屋の上より遙か之に謂いて曰く:「卿が才は此の如きなるに、亦た復た劫せるを作さんや?」と。淵は便ち泣涕し、劍を投じ機に歸し、厲を辭したること常に非ず。機は彌いよ之を重んじ、交わりを定め、筆を作して焉を薦む。江を過ぐるに、仕えて征西將軍に至る。


(自新2)




自新ヤバいな、昔はワルだった周處と戴淵、どちらも改心して立身し、「どちらも最後には殺されている」。ついでに言うと、そのハブとして機能している二陸も司馬穎しばえいに殺されている。

ずいぶんとエグい仕掛けのセクションですこと……。


ちなみに司馬倫に宛ててしたためた陸機の推薦文、全文は以下。晋書69戴若思伝。


「蓋聞繁弱登禦,然後高墉之功顯;孤竹在肆,然後降神之曲成。是以高世之主必假遠邇之器,蘊櫝之才思托太音之和。伏見處士廣陵戴若思,年三十,清沖履道,德量允塞;思理足以研幽,才鑒足以辯物;安窮樂志,無風塵之慕,砥節立行,有井渫之潔;誠東南之遺寶,宰朝之奇璞也。若得托跡康衢,則能結軌驥騄;曜質廊廟,必能垂光璵璠矣。惟明公垂神采察,不使忠允之言以人而廢。」

すげーやつにはすげー活躍の場が与えられて初めて輝くもんだし、そうしたやつを拾い上げてこそ明察の人主ってもんですよ旦那、そこにきて戴淵、戴淵です。まー清廉、奥深い人品。思考も弁舌も一級品、それでいて顔回みたいな清貧をも楽しみ、ただ自己研鑽にだけ励んできた。彼こそが滅んだ呉の残した人の宝ってなもんですぜ旦那。彼登用したら旦那の名声うなぎ登り! あとは旦那の判断ひとつですけど、まぁちょっと見逃すなんてないですね!


お、おう、すげーな陸機さんのごり押し。

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