陸機4  自新―義興の周處

周處しゅうしょと言う人がいる。

三国末期の人物であり、

かの周瑜しゅうゆと同じ苗字だが、

別に親戚って訳でもない。


陸機りくき陸雲りくうんのように、西晋に殉じたひとりだ。


周處、若い頃はとことん粗暴だった。

そのため故郷の人間からは憚られていた。


周處はついには、

義興ぎこうの「三横」と呼ばれるようになる。

水中の大鰐、山中の猛虎、人中の周處。

特に周處がひどい、と。


ある時、町の人が周處に言う。


「虎と鰐を殺してください。

 そうして、せめて三横が

 残りの一となりますよう」


なるほど、義興で強い三体、

という事だな。

ならば俺が一番になってやる。


周處、虎はあっさり弓矢で殺した。


が、鰐が強い。

浮いては沈みで、なかなかしぶとい。

三日三晩の戦いとなり、

共に下流へと流されていった。


周處が戻ってこない。

……これは、やつも死んだに違いない。


義興の人びと、大喜びである。

三横を共に殺し合わせ、無事皆死んだ。


周處が鰐を見事討ち果たし、

義興に凱旋してきたのは、

まさにそう言うタイミング。


死んだはずの周處に戻ってこられたのだ。

皆々が慌てふためき、逃げ去った。


この時、周處は痛感する。

「三横」とは強さの称号ではない。

恐れ、忌み嫌われていた証なのだ、と。


ここから周處、一念発起を図る。

けれど、どうすればいいかわからない。

なので、呉国きっての名士の元を訪ねた。


陸機、陸雲。いわゆる二陸である。


が、あいにくと陸機は席を外していた。

……会いたくなかっただけ?

ともあれ、陸雲には会えた。

なので周處、思いのたけをぶつける。


「己を変えたいと思っても、

 いたずらに時が流れ去ってばかり。

 このまま俺は、

 変われずに終わるんだろうか」


すると、陸雲は答えた。


孔子こうしは仰っています。

 君子は朝に大道を知り得たならば、

 その晩に死にたるをも貴しとす、と。


 一方のあなた様にはまだまだ

 前途があっていらっしゃる。

 その上で今、既に人に害をなすことを

 おやめになられたのです。

 どうしてその名が、人々に顕彰されない、

 などと言ったことがありましょうか?」


この言葉を聞き、周處、

遂にはその行状を改め、

晋に名を響かせる名臣となったそうな。


まぁ相手が皇族だろうが

容赦なく悪事を糾弾しまくったせいで、

斉万年せいばんねん」と言うてい人の反乱に際し、

その皇族の姦計にハマって

戦死してしまうんですが。

 



周處年少時,兇彊俠氣,為鄉里所患。又義興水中有蛟,山中有邅跡虎,並皆暴犯百姓,義興人謂為三橫,而處尤劇。或說處殺虎斬蛟,實冀三橫唯餘其一。處即刺殺虎,又入水擊蛟,蛟或浮或沒,行數十里,處與之俱。經三日三夜,鄉里皆謂已死,更相慶,竟殺蛟而出。聞里人相慶,始知為人情所患,有自改意。乃自吳尋二陸,平原不在,正見清河,具以情告,並云:「欲自修改,而年已蹉跎,終無所成。」清河曰:「古人貴朝聞夕死,況君前途尚可。且人患志之不立,亦何憂令名不彰邪?」處遂改勵,終為忠臣孝子。


周處の年少き時、兇彊たる俠氣もて、鄉里に患わる所と為る。又た義興の水中に蛟有り、山中に邅跡せる虎有り、並べて皆な百姓を暴犯せば、義興の人は三橫を為すと謂う。而して處は尤も劇し。或るもの處に虎を殺し蛟を斬るべしと說き、實に三橫を唯だ餘れる其の一となさんと冀う。處は即ち虎を刺し殺し、又た水に入りては蛟を擊ち、蛟は或いは浮き或いは沒み、行けること數十里、處は之と俱にす。三日三夜を經たるに、鄉里は皆な已にして死したりと謂い、更にして相い慶ぎたれど、竟には蛟を殺し出でる。里の人の相い慶げるを聞き、始めて人情に患わる所為るを知り、自ら改むの意を有す。乃ち吳より二陸を尋ぬるも、平原は在らず、正に清河に見え、具さに以て情を告げ、並べて云えらく:「自らを修改せんと欲せど、年は已でに蹉跎とし、終には成りたる所無し」と。清河は曰く:「古人は朝に聞きたれば夕に死すも貴しとす、況んや君が前途は尚お可たり、且つ人をして患わしむ志の立たざるに、亦た何ぞ令名の彰らかならざるを憂えんや?」と。處は遂にして勵を改め、終には忠臣孝子と為る。


(自新1)



自新

世説新語中、最もエピソード数が少ないカテゴリ。全二編。つまりこれと次のやつで終了。二つに共に二陸が関わってるところには、間違いなく何らかの意図が組み込まれています。ただ、いまんところそいつを見出せていません。何なんだろうなー、これ。あとこれの主役どう考えても陸雲なんだけど、自新で並べたいため兄貴のほうにぶっ込みます。


周處

周處と二陸が出会うとしたら周處四十代、二陸十代の頃の話になるので、だいぶ奇妙な感じの絵柄が出来上がります。まぁそう言う細かいところには目をつぶりましょう。なあに年齢なんて関係ないさ、幼子だってきっと貴朝聞夕死!


なお周處が西晋に仕えて殉じたのだから、息子たちは晋に対して恨みを抱いていた……かと思えば、東晋朝の立ち上げに際しては、むしろその権威確立のための戦いに従事、多大な功を挙げていたりもする。中でも次男の周玘しゅうきはかなりとんでもない武功を挙げている。もっとも東晋はそんな感じで貢献してくれた周氏一門を冷遇、反乱を起こさせ、討伐してるんですけどね。なかなかに東晋の立ち上げは闇が深くて素敵。

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