庾亮14 ルイハトモヲヨブ

永嘉えいかの乱が起こるより前のこと。


庾亮ゆりょうさまは、琅邪ろうや王玄おうげんさんに

非常にお世話になっていた。


そんな王玄さんのことを振り返り、

庾亮さまがコメントしたことがある。


「あのお方のお世話になっていた時には、

 世の厳しさから守られていたな」


なるほどなるほど、ではそんな王玄さん、

どんな方だったんでしょう。



謝鯤しゃこんさんは言っています。

王玄おうげん殿はすっきりとしてのびやか、

 嵆紹けいしょう殿はゆったりとして上品、

 董養とうよう殿はきっぱりとして風格がある」



ただ一方では、父親の王衍おうえんさんとは

こんなやり取りもしています。


「わしの弟の王澄おうちょうは名士である。

 お前も、もう少し盛り立ててやっても

 良いのではないかね?」


「日がな妄言ばかりの叔父上の、

 どこが名士なのでしょうか?」


まー荊州けいしゅう刺史になってから酒浸りになって

職務を顧みなかったクズですしねー。

しかしどストレートに言い過ぎである。



そんな王玄さんについて、

当の王澄からの評価と言えば。


「志がいつ果てることなく高い。

 まぁ結構なことだ。

 だがあの志のありようでは、

 人々に恨まれ、

 任地で殺されることになるであろうよ」


実際のところ、陳留ちんりゅう太守になった時、

あんまりにも刑罰を重く運用しすぎたせいで

自警団に恨まれてますからね、この人。



つまり庾亮さまの

そっくりさんだったんですね。




庾太尉少為王眉子所知。庾過江,嘆王曰:「庇其宇下,使人忘寒暑。」

庾太尉は少くして王眉子に知らる所と為る。庾の江を過ぐるに、王を嘆じて曰く:「其の宇が下に庇わらば、人をして寒暑を忘らしむ」と。

(賞譽35)


謝幼輿曰:「友人王眉子清通簡暢,嵇延祖弘雅劭長,董仲道卓犖有致度。」

謝幼輿は曰く:「友人の王眉子は清通にして簡暢、嵇延祖は弘雅にして劭長、董仲道は卓犖にして致度を有す」と。

(賞譽36)


王太尉問眉子:「汝叔名士,何以不相推重?」眉子曰:「何有名士終日妄語?」

王太尉は眉子に問うらく:「汝が叔は名士たれど、何をか以て相い推し重んざらんか?」と。眉子は曰く:「何ぞ名士に終日妄を語れる有らんか?」と。

(輕詆1)


王平子素不知眉子,曰:「志大無量,終當死塢壁間。」

王平子は素より眉子を知らざるも、曰く:「志の大なる量れる無し、終には當に塢壁が間にて死せん」と。

(識鑒12)




嵆紹

竹林七賢、嵆康の息子。前にも出てきたけど、影の薄い登場のしかただったのでリマインド。司馬衷の忠臣として、我が身を挺して司馬衷を守り、死んだ。そんな嵆紹の血を浴びた服を、司馬衷はことのほか大事にした、という「えっ司馬衷って人間だったの!?」的に感じてしまうエピソードが残っている。


董養

晋書では隠逸伝に名前が出てくる。そのエピソードを読んでいると「いやもう間もなく大乱が起こって世の中しっちゃかめっちゃかになるし士官なんてリスク高すぎっすよ」的振る舞いをしているように見える。そして彼の見立て通り永嘉の乱が起こって洛陽は地獄絵図。うーんしゅごい。

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