謝安65 迫隘の情    

謝安しゃあんさま、船に乗って東のほうに向かう。


ただ、この船の船頭がクソだった。

スピード調整もロクにできず、

あちらへふらふら、こちらへふらふら。

終いには岸辺に船体をこすりつけ、

中に乗っている人たちを

つんのめらせたりもする。


だが、そのような中でも、

謝安さまは決して船頭を叱らなかった。


人々には

「謝安さまには喜怒哀楽の情が

 ないのだろうか……?」

とまで囁かれるほどであった。



とは言え、兄の謝奕しゃえきが亡くなって、

その葬式の帰り道のことである。


日が暮れて雨がしとどに降る中、

道々には酔っぱらった者たちがおり、

往来をふさいでしまっている。


御者も困り果てていたところ、

謝安さま、車から身を乗り出し、

御者を叱り飛ばした。


その気迫たるや、

すさまじいものであった、という。



この話を聞き、筆者は思う。


水の性質は、並べて柔和である。

しかし、狭隘の箇所を通る際には

その流れを速く、激しくする。


謝安さまですら、

その心に余裕がないときには、

やはり、平静など保ちえないのだ。




謝太傅於東船行,小人引船,或遲或速,或停或待,又放船從橫,撞人觸岸。公初不呵譴。人謂公常無嗔喜。曾送兄征西葬還,日莫雨駛,小人皆醉,不可處分。公乃於車中,手取車柱撞馭人,聲色甚厲。夫以水性沈柔,入隘奔激。方之人情,固知迫隘之地,無得保其夷粹。


謝太傅の船にて東に行けるに於いて、小人は船を引き、或いは遲く或いは速く、或いは停り或いは待ち、又た船を放すこと從橫たれば、人を撞きて岸に觸れる。公は初にも呵譴せず。人は「公は常に嗔喜無し」と謂ゆ。曾て兄の征西を送り葬りて還ぜるに、日は莫れ雨は駛せ、小人は皆な醉いたれど、處分すべからず。公は乃ち車中にて、手に車柱を取りて馭人を撞き、聲色は甚だ厲たり。夫れ水の性は以て沈柔、隘に入れば奔せるに激し。方に之れ人の情たれば、固より知りたり、迫隘の地にては、其の夷粹を保ち得る無し。


(尤悔14)




_人人人人人人人人人_

> 突然のエッセイ <

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