謝安13 漁父篇     

支遁しとん許詢きょじゅん謝安しゃあんと言った

ビッグネーム達が、王濛おうもうの自宅を訪ねる。

揃ったメンツを見まわし、謝安が言う。


「やあ、諸卿。このような会が

 開けて僥倖である。


 時は常に移ろいゆく。

 このようなメンツで集まれるなど、

 そうそう有りはすまい。

 

 共に言葉を叙し合うにより、

 胸に抱いているものを開陳し合おう」


では、と許詢が動く。

王濛に、荘子そうじはないか? と訊ねたのだ。

すると王濛、漁父篇ぎょほへんを持って来させた。


なるほど、お題は漁父篇ね。

じゃあ皆さん、孔子と漁父のやりとり、

どう思う? レッツシンキングタイム!

はい支遁さん早かった!


支遁が書き上げたのは、

七百文字ばかりの小論。

短い中に精密な論理、しかも華麗。

その才気が余すところなく迸っており、

手に取った皆々が称賛した。


以後、皆々が次々に論を提出。

出揃ったところで、謝安さまが聞く。


「お歴々、論じ残しはございますまいか?」


返答はおおむねオッケー。

謝安さま、頷き、それぞれの論に対して

批評を加えていく。


更にはおん自ら論をぶち上げる。

その文字数、一万オーバー。おい。


ただ、謝安さまの言だ。

当然その論は絶品である。

論旨には付け入るスキを与えず、

そのくせ、想いを凝縮させているはずの

読み口はまったりとして、

それでいてしつこくない。


参席者の誰もがほう、と

唸らずにおれないでいた。


支遁は謝安さまに向け、言う。


「本当にあなたは、一気に核心を衝くな。

 放っておいてもその良さが

 にじみ出てきてしまう。

 素晴らしきことだよ」




支道林、許、謝盛德,共集王家。謝顧謂諸人:「今日可謂彥會,時既不可留,此集固亦難常。當共言詠,以寫其懷。」許便問主人,有莊子不?正得漁父一篇。謝看題,便各使四坐通。支道林先通,作七百許語,敘致精麗,才藻奇拔,眾咸稱善。於是四坐各言懷畢。謝問曰:「卿等盡不?」皆曰:「今日之言,少不自竭。」謝後麤難,因自敘其意,作萬餘語,才峰秀逸。既自難干,加意氣擬託,蕭然自得,四坐莫不厭心。支謂謝曰:「君一往奔詣,故復自佳耳。」


支道林、許、謝の盛德は共に王の家に集う。謝は顧みて謂えらく「諸人、今日は彥會と謂うべし。時は既にして留むるべからざれば、此の集まりは固より亦た常たり難し。當に共に言詠し、以て其の懷かるを寫さるべし」と。許は便ち主人に問うらく「莊子は有りしや不や?」と。正に漁父の一篇を得る。謝は題を看、便ち各おの、四坐をして通ぜしむ。支道林は先に通じ、七百ばかりの語を作す。敘せらる致は精麗、才藻は奇拔。眾は咸な善しと稱す。是に於いて四坐は各おの懷きたるを言し畢える。謝は問うて曰く「卿らは盡くさるや不や?」と。皆は曰く「今日の言、自ら竭くさざること少なし」と。謝は後に麤ぼ難じ、因りて自ら其の意を敘し、萬餘の語を作す。才峰は秀逸にして、既にして自ら干し難し。加えて意氣を擬託し、蕭然を自ら得る。四坐は心に厭かざる莫し。支は謝に謂いて曰く「君は一往にして詣を奔ず。故に復た、自ら佳なるのみ」と。


(文學55)




漁父編


孔子が国から国への旅に出ていた道すがら、弟子たちと共に休息した時のこと。琴を取り出し、歌い始めた孔子の声を聴き、漁父、という人がやってきた。一通り聞き終えると、弟子たちに孔子が一体何者かを問う。国のあり方、人のあり方を問うお方だ、と弟子たちは答えた。


芸人ではない。職人でもない。まして、実際の政務をとる訳でもない。なるほど、仁のお方ではあるのだろう。だが、このままではその身に災いが振り掛かるかもしれませんな、漁父がそうコメント。


驚いた孔子、漁夫に対して更に問いかける。すると漁父は八疵四病はちししびょうの戒めを示した。


八疵

1:そう

自分がやるべき仕事でもないのに、余計な手出しをする。出しゃばりである。


2:ねい

聞かれもしないのに、しゃしゃりでて意見を述べる。おべんちゃらである。


3:てん

相手の意に迎合して調子を合わせる。おべっかである。


4:

是非のけじめなどお構いなしに喋りまくる。へつらいである。


5:ざん

何かと言えば他人の悪口を言いたがる。ねたみである。


6:賊

他人を仲違いさせ、親しい者同士を離間させる。


7:とく

悪をほめ善をけなして相手を駄目にする。


8:険

善悪お構いなしに愛想をふりまいて相手に阿る。



四病


1:ふん

しばしば重大問題に手をつけたがりやたらに変更して自分の功名手柄にしたがる。


2:どん

悪知恵を働かしてやりたい放題、他人を侵害して自分の利益を計る。


3:こん

過失と分かっていても改めようとせず、忠告されると一層むきになり過ちを重ねる。


4:きょう

相手も自分と同じことをしていれば素晴らしいと誉め、違うことをすれば貶す。



これらをあなたは乗り越えられていない。そのような有様では、人を教え諭すなど

出来たものではないだろう。漁父は孔子にそう言い、立ち去って行ったという。



※八疵四病は

http://www.ncn-t.net/kunistok/5-1-soshi-5-.htm

より引用。



つーか支遁さんこれ、謝安さまに対してどんびいてませんかね? 普通そこは千語未満じゃねえの、というか……。

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