謝安12 楊柳依依たり  

謝安しゃあんさま、謝家の子弟らが

集まる場に立ち寄っていた。


そこで、子弟らに問う。


「詩経で一番好きな句と言えば、

 どれになるだろうか」


すると謝玄しゃげんが真っ先に応える。


「昔に我往けるに、楊柳ようりゅう依依いいたり。

 今に我來たれば、雨雪霏霏びびたり」


小雅しょうが采薇さいびより。遠く西のかた、

玁狁けんいんという異民族を討伐に出たあと、

その帰途に就いた兵の想いを歌った、

とされる句である。


春先に出征し、帰るときには厳しい寒さ。

時折りしも前燕ぜんえんが強盛となり、

東晋軍が散々辛酸を

舐めさせられているタイミング。

兵士たちも軍旅にて、似たような苦しみを

味わっていることだろう。


なるほど、いまの東晋の状況に

あてはめてきているわけだ。

のちに文武に才を示すこととなる、

謝玄らしいチョイスである。


なので、謝安さまも答える。

チョイスは大雅たいがよくより。


おおいにはかりて命を定め、

 遠きにはかりてときを告ぐ」


深謀遠慮を重ね、

来るべき時を、待つがよい。

さすれば好機はやってこよう。


「この句には、詩の作者の想いが

 詰まっているように思うのだよ」


「抑」の詩全体は

聞かん坊の息子を諫める親の小言、

と言った装いである。


割とやんちゃであった謝玄に対し、

折々につけ、謝安さまは手を焼いていた。


そんな思い出からの当てこすりと、

そんな坊主がよくぞ

国を想うまでに成長してくれた、

という喜びを滲ませる。


苦労したんだね、叔父さん……(ほろり)




謝公因子弟集聚、問:「毛詩何句最佳?」遏稱曰:「昔我往矣、楊柳依依。今我來思、雨雪霏霏。」公曰:「訏謨定命、遠猷辰告。謂、此句偏有雅人深致。」


謝公は子弟の集聚せるに因りて問うらく「毛詩にては何れかの句を最も佳とせるや?」と。遏は稱えて曰く「昔に我の往きたるに、楊柳依依たり。今に我の來たるれば、雨雪霏霏たり」と。公は曰く「訏いに謨りて命を定め、遠きに猷りて辰を告ぐ。謂えらく、此の句、偏えに雅人の深致有り」と。

(文學52)




来た来た、こういう典故で殴ってくる奴。こういうのがやりたくてデイリー世説新語やってるようなもんです。

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