桓温6  クソバカ失言す 

淝水ひすいの戦いのあと、孝武帝こうぶていが亡くなると、

孝武帝の弟、司馬道子しばどうしが、

安帝あんていを傀儡とし、権勢を奮っていた。


さてそんなところに、

桓玄かんげんが任地の義興ぎこうから建康けんこうに戻ってきた。


おりしも建康は宴会の真っただ中。

桓玄が司馬道子に謁見すると、

もうべろんべろんに酔っている。


「おう! 桓温がきたぞ!

 反乱されちゃう! こっわーい!」


よりにもよって。


ちなみに桓玄、義興太守になったはいいが、

「なんでこんなクソ田舎の大将なんぞ

 せにゃならんのだ!」

ってキレて、即この官職を辞任している。


辞令を蹴って中央にもどりゃ、

そりゃ確かに中央側の人間である

司馬道子さんは気に食わないですよ。


けどさぁ、だからって親父の簒奪未遂事件を

引き合いに出されてからかわれるのは、

ねぇ。


桓玄、平伏したままでいた。

とても顔を上げられたもんじゃない。


そこにすっと進み出るのが、謝重しゃちょう

謝安しゃあんさまの兄の孫、である。

笏で口元を隠しながら、言う。


かん宣武公せんぶこうの入朝は

 昏暗こんあん海西公かいせいこうを廃し、

 聖明なる簡文帝かんぶんていを登極させるための

 入朝にございました。


 いん湯王とうおうの登極を補佐した伊尹いいん

 ぜんかん少帝しょうてい劉賀りゅうがを廃した霍光かくこうに較べても、

 ひときわ優れた大功と言えましょう。


 国家の一大事にまつわる斯様な議論、

 陛下のお耳にも届けねばならぬと

 存じますが?」


お前さ、あんまウカツなこと

言ってんじゃないよ、

下手すりゃお前の首飛ぶよ?


という事を、

これ以上なく丁寧に語っているのだ。


「ちぇっ、わかってらい」


謝重に釘を刺された司馬道子、

桓玄に酒を差し出す。


「可愛いジョークだろうが、なぁ桓義興・・

 まぁまぁ、一杯やってくれたまえよ」


また言ってるよ。


辞任したとか言ってくれてるけどさぁ、

この晋のくにの一配下でいること、

くれぐれも忘れんじゃねえぞ?

暗にそう牽制しているのだ。


桓玄退出ののち、司馬道子、

それでも一応口が滑ったことを

謝重に侘びた。


 


桓玄義興還後、見司馬太傅。太傅已醉、坐上多客、問人云:「桓溫來欲作賊、如何?」桓玄伏不得起。謝景重時為長史、舉板荅曰:「故宣武公黜昏暗登聖明功、超伊霍。紛紜之議、裁之聖鑒。」太傅曰:「我知、我知。」即舉酒云:「桓義興勸卿酒。」桓出謝過。


桓玄は義興より還りて後、司馬太傅に見ゆ。太傅は已に醉い坐上には客多し。人に問うて云く「桓溫が來たりて賊たるを作さんと欲せるに如何?」と。桓玄は伏して起ち得ず。謝景重は時にして長史為れば、舉を板げ荅えて曰く「故より宣武公は昏暗を黜し、聖明を登ず。功は伊、霍を超す。紛紜の議たれば、之を聖鑒に裁かん」と。太傅は曰く「我知れり、我知れり」と。即ち酒を舉げて云えらく「桓義興、卿に酒を勸めん」と。桓の出づるに、過を謝す。(言語101)




司馬道子

いわゆるド級佞臣なのだが、佞臣としても無能だった扱いであり、非常に肩身が狭い。何せ息子の司馬元顕に「親父無能だから邪魔」って免職させられてる。そう言ったウカツ佞臣っぷり全開で、いやよくこの話紕漏に入ってこなかったな。

つーか親父を廃した時、司馬元顕って十八歳なんですよね……どっちかってと司馬元顕バケモノすぎませんか案件にしか思えないんですが、司馬元顕の生年って大人しく信じてもいいのかな……いや天才に歳は関係ない気もするけど。


謝重

陳郡謝氏の一員ですから当然教養モンスターですが、それに加えておもねらない、媚び諂わない。その気風を見初められて司馬道子に抱えられたわけなのだが、まーその主である司馬道子に対してすらイケイケである。いやぁ、小気味よい。

ちなみにこの人の息子の謝晦は、劉宋の時代に位人臣を極めた上盛大に高転びしてる。



※「桓出謝過」の扱いが難しい。

司馬道子のキャラ的に、ここ謝るのかなー、って印象もあるし。

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