石勒   漢書を読ましむ 

後趙こうちょう 明帝 石勒せきろく



五胡十六国時代随一の英雄、石勒。


彼は字が読めないため、

配下に漢書を読ませ、それを聞いて

様々に評論することがあった。

例えば、こんなことがあった。



劉邦りゅうほう項羽こううに対して

苦戦を強いられていた頃、

酈食其れきいきと言うひとが、


「戦国七雄のうち、しんに滅ぼされた

 六国の王の子孫を立て、

 王に任じるとよろしいでしょう」


とアドバイスしたことがある。


劉邦もひとときは良い案だと思い、

各国の王の為の印璽を作らせた。



ここまでのエピソードを聞き、

石勒、大いに驚く。


「悪手だろうそれは。

 そんなことをしたら、

 天下が大いに乱れるぞ」


いやいや石勒さま、待ってくださいよ。

続きがありますから。



印璽を見て、劉邦の参謀、

張良ちょうりょうが慌てて諌止に入る。


「どこのバカがそんなことを?

 陛下、すぐにおやめください。


 理由は八つ挙げられます。

(中略)

 こんなことをやらかせば、

 陛下の事業は崩れ去りますよ」



それを聞き、石勒、

ほっと胸をなでおろした。


「これがあって、高帝は

 天下を制したのだな」




石勒不知書,使人讀『漢書』。聞酈食其勸立六國後,刻印將授之,大驚曰:「此法當失,云何得遂有天下?」至留侯諫,迺曰:「賴有此耳!」


石勒は書を知らず、人をして漢書を讀ましむ。酈食其の六國の後を立つるを勸め、印を刻ましめ、將に之を授けしめんとせるを聞くに、大いに驚きて曰く「此の法は當に失すべし。云何ぞ遂にも天下を得る有らんや?」と。留侯の諫む至りて、迺ち曰く「賴いに此れ有るのみ」と。


(識鑒7)




石勒(「崔浩先生」より)

奴隷出身。五胡のうちけつと言う種族は、実質「石勒は匈奴きょうどでも鮮卑せんぴでもきょうでもていでもない、じゃあ何だろう、とりあえず羯って種族ってことにしちまえ」と名付けられたようなものであり、五胡十六国時代を見渡しても異様な存在感を示している。劉淵軍に帰属して、石勒十八騎と呼ばれる優れた部下を率いて軍内での存在感を確立。劉曜から独立した後、厄介極まりない東晋とうしんの将・祖逖そてきとは何とか休戦状態を保ちつつ劉曜を撃破した。祖逖の影におびえながら国内を整備、国家の基盤を作り上げるさ中に死亡。


劉邦・張良

前漢のしゅごい人。なお高帝さま、張良の進言を食事中に聞いていた。で張良の言葉に納得すると、食いかけのものを吐き出して、酈食其を「おいクソ書生! よくもまぁ俺をはめようとしやがったな!」と罵倒したそうである。まぁ劉邦さんの罵倒芸は通常技だったらしいですから、この罵倒一つ取り上げてああのこうの言う意味もなさそうではありますが。


酈食其

劉邦の下でネゴシエイターとして多くの功績を上げたそうである。その最期は旧斉の王族との交渉でのこと。一時期は斉の王との交渉を成功させかけたが、韓信かんしんの横槍でその交渉が破綻、煮殺される、というものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る