廃帝1  廃帝廃位    

廃帝 海西公 司馬奕しばえき 全4編



太微垣たいびえんに火星が侵入した。


太微垣は天の星座のうち、

政府の運命を占う、とされる区画だ。

そして火星の動きは、概して凶兆。


元々資格不十分とされていた

廃帝はいていではあったが、この凶兆をもって、

遂に廃位がなされた。


だが火星、再び太微垣エリアに侵入する。

まー惑星ですしね。逆行しますよね。

ただ、皇室の未来を占う者たちにしちゃ

洒落にならない事態じゃある。


廃帝ののち皇位に就いた簡文帝かんぶんてい

当然気が気じゃなくなる。


宿直していた郗超ちちょうを呼び、問う。


「天命の長短など、

 この身では測りようがない。

 とは言え火星の動きからすれば、

 我が身にも同じようなことが

 起こってしまうのではないだろうか」


すると郗超、答える。


桓温かんおん様が国内外の守りを

 万全に固めておられます。

 陛下に於かれましては、

 ご憂慮をお懐きになりませぬよう。


 臣ら百余名、陛下の為にも、

 身を挺してお守り申し上げることを

 お約束いたします」


これを聞き、簡文帝は凄愴な声で

庾闡ゆせんの従征詩を詠んだ。


「志士は朝の危うきを痛み、

 忠臣は主の辱むらるるを哀しむ」


後日、郗超は暇を貰い、

実家に戻ろうとした。


すると簡文帝が言った。


「父君に伝えてくれ。

 遂に、このような事態を招いてしまった。

 それもこれも、朕が国防のために

 万全の備えを為せなかったからである。

 この嘆きの深さ、

 どのように言葉にして言い表せようか」


涙がこぼれ、その袖を濡らした。




初、熒惑入太微。尋廢海西、簡文登阼。復入太微、帝惡之。時郗超為中書在直、引超。入曰:「天命脩短、故非所計。政當無復近日事不?」超曰:「大司馬方將外固封疆內、鎮社稷。必無若此之慮。臣為陛下、以百口保之。」帝因誦庾仲初詩曰:「志士痛朝危、忠臣哀主辱。」聲甚悽厲。郗受假還東、帝曰:「致意尊公。家國之事、遂至於此。由是身不能以道匡衛、思患預防。愧嘆之深、言何能喻。」因泣下流襟。


初、熒惑は太微に入る。尋いで海西は廢され簡文は阼に登る。復た太微に入らば、帝は之を惡む。時に郗超の中書為りて在直せるに、超を引く。入れるに曰く「天命の脩短、故より計る所に非ざれど、政に當に復た近日の事なかるべきや不や?」と。超は曰く「大司馬は方に將に外を固めて疆內を封じ、社稷を鎮む。必ずや此くの若き慮り無からん。臣は陛下が為に百口を以て之を保んず」と。帝は因りて庾仲初が詩を誦みて曰く「志士は朝の危うきを痛み、忠臣は主の辱まるを哀しむ」と。聲は甚だ悽厲たり。郗は假を受け東に還る。帝は曰く「意を尊公に致すべし。家國が事は遂にして此に至る。是れ身の道を以て匡衛し、患を思いて預め防ぐを能わざるに由る。愧嘆の深きは、言に何ぞ能く喻えんか」と。因りて泣下りて襟に流る。


(言語59)




桓温が簡文さまを帝位につけたのは、一般には「禅譲をさせるため」ということになっています。実際のところどうだったかはさておき、このエピソードはその物語の延長線上にある感じですね。


ちなみに宋書における天文現象の記述(天文志)をざっと二百年くらい漁ってみたんですが、天文現象って数年先の現象を占ったりしてます。で、この現象も本当に載っています。


そして簡文帝は即位後一年と経たずに死亡。つまり余裕で占いが実現した、と言えるレベルなわけですね。このエピソードは、そこからの逆引きという感じがします。なにせここに一緒にいる郗超って、桓温にとっての諸葛亮みたいな存在ですからね。廃帝廃位にも関わってるし、その後の禅譲の絵図も引いてたはずなんですよ。更に言えば、「父親を左遷に追い込んだりもしている」。


ここで簡文さまが郗超に「父上によろしく」って言うのは、つまり「わしもそなたの父上のような身の上になるのだろうな」ってことを言い表すことになります。ひりつきますねー、このやり取り。そしてその辺もうちょっと説明しようか世説新語さん? まぁいつものことですが。

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