明帝8  陶侃、起つ   

蘇峻そしゅんの乱により、建康けんこうの朝廷は吹っ飛んだ。


庾亮ゆりょう溫嶠おんきょうに助けられて何とか逃げのび、

荊州けいしゅうにいる陶侃とうかんに助けを求めた。


長江ちょうこうを溯上する船は温嶠のもの。

荊州は南郡なんぐんに到着すると、

陶侃直々に出迎えに来ていた。

温嶠と陶侃、会談する。


そこで、陶侃が言う。


「建康、タスケロ?

 オデ、明帝カラ、

 何モ言ワレデネェド。


 ツーカ蘇峻、

 庾亮ドモノセイデ怒ッタド。


 庾亮ドモヲ殺スド。

 ソレデモ許サレンガノ」


陶侃自身、庾氏兄弟に対しては

いろいろ恨み骨髄なのだ。

なのでこんなコメントが出てきた。


これを聞いてビビるのは、

こっそり船から二人のやり取りを

聞いていた庾亮である。


「やっべ、なすすべなくねこれ」


結局この時庾亮は

陶侃と会わずに終わった。


後日温嶠が、改めて庾亮に

陶侃との会談をセッティングする。

アレに会って何ができるんだよ、

足がすくむ庾亮。


それを見て、温嶠が言った。


「あの川犬のことは、よく存じております。

 ぶっちゃけ庾公のお姿を見れば、

 あの川犬、パツイチですよ」


えーマジかよ。つか川犬って。

しかし、会わないと事態は進まないのだ。

開き直り、陶侃との会談に踏み切る。


さて、そもそもにして

庾亮の外見は実に風雅なものであり、

威厳に満ちていた。

なので温嶠の言葉通り、

陶侃、ひと目見るなりコロッと行く。

こないだのコメントは

どこ行った、と言う位に。


歓迎の宴は日を跨ぐほど盛んだったし、

一気に陶侃は庾亮シンパになるのだった。




石頭事、故朝廷傾覆。溫忠武與庾文康投陶公求救。陶公云:「肅祖顧命、不見及。且蘇峻作亂、釁由諸庾。誅其兄弟、不足以謝天下。」于時庾在溫船後、聞之憂怖無計。別日、溫勸庾見陶。庾猶豫未能往。溫曰:「溪狗我所悉。卿但見之。必無憂也。」庾風姿神貌、陶一見便改觀、談宴竟日、愛重頓至。


石頭の事は故より朝廷を傾覆す。溫忠武と庾文康は陶公に投じ救を求む。陶公は云えらく「肅祖が顧命、及ばらる無し。且つ蘇峻の亂を作せる釁は諸庾に由る。其の兄弟を誅せど、以て天下に謝すには足らず」と。時に庾は溫が船の後ろに在り、之を聞き憂怖し、計無し。別の日に溫は庾に陶と見ゆるを勸む。庾は猶豫して未だ往く能わず。溫は曰く「溪狗は我が悉せる所。卿は但だ之に見ゆるべし。必ずや憂無きなり」と。庾が風姿は神が貌なれば、陶は一に見、便ち改めて觀、竟日にして談宴し、頓に愛重至る。


(容止23)




陶侃(「崔浩先生」より)

荊州の名将にして能吏、劉弘りゅうこうの部下として立身。田舎侍と侮られることも少なくなかったが、建康を大いに震わせた蘇峻の乱を見事に平定。その武威を東晋国内に轟かせる。この陶侃が築いた荊州武閥は、後々西府軍として東晋内で大きな存在感を示す。なお陶潜とうせん、即ち大詩人・陶淵明とうえんめいがこの人の曾孫を名乗っている。

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