元帝8  立ち上がる隠遁者

死後に車騎將軍しゃきしょうぐんを追贈される孔愉こうゆだが、

四十歳を過ぎ、のちの元帝げんてい

世に引っ張り出されるまでは

とことんにまで隠遁生活を志向していた。


ひとり歌をうたい、詩を編み。

みずからを「孔サマ」と呼んでは、

山野を散策したり。


「あのおかたは仙術を

 お使いになるにちげぇねえ」


とか庶民には思われていた。

なので祟りとかに遭いたくないから、

彼らは「孔郎廟こうろうびょう」を建てて寧撫した。


ちなみにその廟、

今でも残ってます。




孔車騎少有嘉遁意,年四十餘,始應安東命。未仕宦時,常獨寢,歌吹自箴誨,自稱孔郎,遊散名山。百姓謂有道術,為生立廟。今猶有孔郎廟。


孔車騎は少くして嘉遁の意有り、年四十餘にして、始めて安東が命に應ず。未だ宦に仕えざる時、常に獨り寢ては歌吹し自ら箴誨し、自ら孔郎を稱し、名山を遊散す。百姓は道術有りと謂い、為に生きながらにして廟を立てらる。今も猶お孔郎廟有り。


(棲逸7)




孔愉

王敦おうとんの乱、蘇峻そしゅんの乱など、東晋の立ち上がりの激動期を駆け抜けた後、「數畝の地を宅と為し、草屋は數間のみ、便ち官を棄て之に居す。資を送ること數百萬なれど、悉く取る所無し」(晋書孔愉伝)と、結局隠遁生活に戻ってる。ちょっと、かなりカッコよくないすかこの人。


で。元帝陛下がどこにいらっしゃるかと言えば「安東の命」を下したのが元帝さま、なのです。ここに元帝陛下がいらっしゃるとか目加田せんせーもだいぶムチャを仰る。でもそう言うムチャが大好きなので目加田せんせーの説に従い、ここに合流してもらいました。

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