鍾会7  宝剣泥棒    

魏の名族の一員である、荀勖じゅんきょく

かれの母親は、あの鍾会しょうかいの姉である。

なので二人は交流こそあったが、

仲はと言えば、……である。


例えばこんな話がある。

荀勖は百万銭にも相当する

宝剣を所有していた。

大切なものなので母親である鍾氏に

あずかってもらっていた。


これを知っていた鍾会、

持ち前のずば抜けた筆写スキルで、

巧みに荀勖の筆跡をトレス。

荀勖の指示と偽り、宝剣を持ち出させ、

そして売り払った。


おい。


犯人は鍾会を置いて他にない。

そう荀勖は思ったが、

しかし手の出しようがない。

なのでいつか報復してやろうと思った。


後日、鍾会ら兄弟が

千万銭もする邸宅を建てた。

精緻な装飾がなされており、美しい邸宅だ。


ところで荀勖もまた、書の達人である。

落成間近の鍾氏の宅に、荀勖は忍び込む。

そして玄関のところに鍾会の父親、

鍾繇の肖像を描いた。

そのありようは、生前の姿そのものだった。


鍾毓しょういくと鍾会が入居しようとした時、

この肖像を見てびっくりする。

「ち、父上!」

父を思い出し、二人は慟哭する。


玄関に父の肖像が残る限り、

二人は見るたびに慟哭せねばならない。

それが「孝」というものだ。

と言って、肖像を消してしまえば

「不孝」ともなる。


何と言うことだ。せっかく建てた邸宅が、

死者の家になってしまったではないか。


二人は住む気が失せてしまった。

遂には、この邸宅を手放すのだった。




鍾會是荀濟北從舅,二人情好不協。荀有寶劍,可直百萬,常在母鍾夫人許。會善書,學荀手跡,作書與母取劍,仍竊去不還。荀勖知是鍾而無由得也,思所以報之。後鍾兄弟以千萬起一宅,始成,甚精麗,未得移住。荀極善畫,乃潛往畫鍾門堂,作太傅形象,衣冠狀貌如平生。二鍾入門,便大感慟,宅遂空廢。


鍾會は是れ荀濟北の從舅なり。二人が情好は協さず。荀に寶劍有り、百萬に直すべかりて、常に母の鍾夫人が許に在り。會は書を善くし、荀の手跡を學び、書にて母に劍を取るべく作す。仍ち竊みて去り還らず。荀勖は是の鍾なるを知るも得る由無きなれば、以て之に報いんとせる所を思う。後に鍾兄弟の千萬を以て一宅を起つるに、始めて成れば、甚だ精麗たれど、未だ移り住み得ず。荀は極めて畫を善くし、乃ち潛かに往きて鍾が門堂に畫にて太傅の形象を作さば、衣冠の狀貌は平生が如し。二鍾が門に入らんとせば、便ち大いに感慟し、宅は遂に空廢す。


(巧蓺4)




荀勖

荀彧の親族です。めちゃくちゃいろんな変態的スキルを持っているけど人品的にだいぶクソだったらしく、ここでも鐘会に対する意趣返しのしかたがヤバい。まぁ西晋の時代で追い追い。

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