許允妻  結納の日    

許允きょいんの妻は知の巨人、

阮共げんきょうの娘にして阮侃げんかんの妹だが、

とにかく醜い!


なので婚礼の儀が一通り終わっても、

許允さん、オセッセセする気になれない。

これじゃ後継ぎができない、

家の人たちがみんな心配する。


そこに一人の客が来た。

許允の奥さん、側女をやって

様子を見に行かせる。


「お見えになったのは桓範かんはん様です」


これを聞くと、夫人が言う。


「なるほど、なら心配はありませんね。

 桓範様なら、我が夫を説得するでしょう」


許允と桓範が会うと、夫人の予想通り、

桓範は説くのだった。


「許允、きみな、あの阮家が、

 わざわざ嫁に出すような人だぞ?

 醜さを上回る何かがあるに決まってる。

 きみの仕事は、その何かを見出すことだ」


言われて許允、渋々夫人のもとへ向かう。

一目見た。

やっぱ無理だ、引き返そうとする。


ここを逃したら、多分もうだめだろう。

そう判断した夫人、許允の袖を掴む。


すると許允、夫人に問いかける。


「夫人たるものには四つの徳が求められる。

 貞節、物言い、淑やかさ、機織りの技だ。

 其方には、そのうち幾つがある?」


「淑やかさのみがございません。

 しかしお前さま、ならばお教えください。

 士人は百の行を修めよ、と申します。

 お前さまは、その内の幾つを

 お備えですか?」


「ふざけたことを申すな。皆備えておる」


「それは異なこと。

 百行は徳をその筆頭となしております。

 お前さまは私の外容にのみ関心を向け、

 徳については見向きなさいませんでした。

 斯様な振る舞いのお方が、

 いったいどうして皆備えておられる、

 と仰るのでしょうか?」


この言葉に許允、返す言葉がない。

以降、夫人を尊重するのだった。




許允婦,是阮衛尉女,德如妹,奇醜;交禮竟,允無復入理,家人深以為憂。會允有客至,婦令婢視之,還答曰:「是桓郎。」桓郎者,桓範也。婦云:「無憂,桓必勸入。」桓果語許云:「阮家既嫁醜女與卿,故當有意,卿宜察之。」許便回入內。既見婦,即欲出。婦料其此出,無復入理,便捉裾停之。許因謂曰:「婦有四德,卿有其幾?」婦曰:「新婦所乏唯容爾。然士有百行,君有幾?」許云:「皆備。」婦曰:「夫百行以德為首,君好色不好德,何謂皆備?」允有慚色,遂相敬重。


許允が婦は、是れ阮衛尉の女にして、德如が妹なり。奇しく醜し。交禮の竟わらんとせるに、允に復た入れるの理無かれば、家人は深く以て憂と為す。允に客の至れる有るに會い、婦は婢に之を視さしまば、還りて答えて曰く:「是れ桓郎なり」と。桓郎は、桓範なり。婦は云えらく:「憂う無かれ、桓は必ずや入るを勸む」と。桓は果たして許に語りて云えらく:「阮家は既にして醜女を卿に嫁せり、故より當に意有らんとせん。卿は宜しく之を察すべし」と。許は便ち回りて入內す。既にして婦を見、即ち出んと欲す。婦は其の此に出でなば、復た入るの理の無かりたるを科り、便ち裾を捉え之を停む。許は因りて謂いて曰く:「婦に四德有り、卿にて其は幾つ有りや?」と。婦は曰く:「新婦が乏しき所は唯だ容なるのみ。然れど士に有すべき百行、君は幾つ有らんか?」と。許は云えらく:「皆な備う」と。婦は曰く:「夫れ百行は德を以て首と為したり。君は色を好み德を好まず、何をか皆な備うと謂わんか?」と。允に慚づる色有り、遂には相い敬重す。


(賢媛6)




阮共・阮侃

魏代の文人にして医師の家系。要するに、めっちゃ頭がいい。なにせ建安七子の阮瑀、竹林七賢の阮籍の親戚である。ただし具体的にどの辺で接続しているかはわからない。


桓範

許允と仲良しという事は、やっぱりこの人も司馬氏アンチ。曹爽そうそう処刑に伴い、この人も殺された。ただこのひとは曹爽に対し割と諫言をする立場として書かれている。


ちょっと阮氏賢妻過ぎやろ……つーかよくこんな露骨にヘイトをキメる旦那に食い下がったな。現代だったら速攻訴訟もんですよ。まぁ現代じゃないけど。

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