曹操12 荊州の大牛   

が滅んだ少し後、

中原は騎馬民族たちに蹂躙された。

いわゆる「五胡十六国ごこじゅうろっこく時代」に突入した。


もちろん漢族だって、

黙って追っ払われたわけじゃない。

何度かのリベンジに挑んでる。

ここで登場する桓温かんおんは、

かなり成功したリベンジャーだ。


そんな桓温、高台から

中原を眺め、慨嘆する。


「この地がクソどもの巣となり果てて、

 もう百年近くが経つ。

 それもこれも、王衍おうえんどもが

 グダグダやらかしやがったせいだ」


そこに部下の袁宏えんこうが迂闊にも反論する。


「物事には流れがあります。

 無闇に責任を人にかぶせるのは、

 どうかと思いますよ」


桓温、ピキッとくる。

周囲に居並ぶ奴らを見た。


「お前ら、劉表りゅうひょうの話、

 小耳にはさんだことあるか?

 奴は大飯喰らいのどデカい牛飼ってた。

 ただし、荷物運びの役に立ちゃしねえ。

 自分の重さでひーこらするからな。

 雌の子牛にも敵わねえありさまだ。

 けど劉表は、そのデカさを自慢してた。


 で、曹操そうそうが荊州に攻め込んだ時、

 この牛を見るなり即ブチ殺して、

 荊州の兵たちに振る舞ったそうだ。

 そしたら皆が大喜びしたって聞くぜ」


誰のことを「牛」呼ばわりしているのか。

周りはビビるし、

袁宏の顔からも血の気が引いた。




桓公入洛,過淮、泗,踐北境,與諸僚屬登平乘樓,眺矚中原,慨然曰:「遂使神州陸沈,百年丘墟,王夷甫諸人,不得不任其責!」袁虎率爾對曰:「運自有廢興,豈必諸人之過?」桓公懍然作色,顧謂四坐曰:「諸君頗聞劉景升不?有大牛重千斤,噉芻豆十倍於常牛,負重致遠,曾不若一羸牸。魏武入荊州,烹以饗士卒,于時莫不稱快。」意以況袁。四坐既駭,袁亦失色。


桓公は洛に入り、淮、泗を過ぎ、北境を踐む。諸僚屬と平乘樓に登り、中原を眺矚せるに、慨然して曰く:「遂にして神州陸沈し、百年の丘墟たるは、王夷甫ら諸人に、其の責を任ぜざるを得ず!」と。袁虎は率爾として對えて曰く:「運ばるるに自ら廢興あり、豈に必ずや諸人の過たるや?」と。桓公は懍然として色を作し、顧みて四坐に謂いて曰く:「諸君は劉景升を頗しく聞きたるや不や? 重さ千斤の大牛有り、芻豆を常牛の十に倍して噉らい、重きを負いて遠きに致すに、曾て一なる羸牸にも若かず。魏武の荊州に入れるに、烹て以て士卒に饗す、時に快と稱さざる莫し」と。意を以て袁に況う。四坐は既にして駭き、袁も亦た色を失う。


(輕詆11)




桓温

東晋中盤の主役。傑出した文武の才でもって宮中を席巻、ひとときは旧都洛陽らくようの回復まで果たす。世説新語中でもトップクラスのエピソード採用数。そんな彼を逆賊枠に押し込めている晋書の構成はなかなかにきな臭くてよろしい。確かに禅譲を迫ろうとはしていたので反逆者と言えば反逆者なのだが。


王衍

西晋の権臣司馬越しばえつの配下だが、本人は政治とかに興味がなかった。出来ればうだうだ清談とかしてたかったのにどんどん表舞台に引きずり出され、あげく司馬越が死ぬと騎馬民族たちの矢面に立たされた。しかも騎馬民族の石勒せきろくからは「お前みたいなクソが政権ぐっちゃぐちゃにしたから天下がここまで乱れたんだろうが!」ってなじられてる。その上ここでは桓温さまにもなじられてて、ごめん正直面白すぎる。それにしても清談家の王衍に弁舌家の袁宏を掛けてくるとか、この辺のさりげない遊び心、イイですね。


袁宏

ちょう弁舌に長けまくった人。東晋の立ち上げに携わった功臣達を褒め称える文章を書いたが、そこに桓温の父が載っていなかったことを桓温に問い詰められたりとかしてる。そこで「いや割といらないじゃん」とか放言しててやばい。こういう桓温との関係を戯画化しました、というお話ですね。にしたって「この口先ばっかの役立たず、ぶち殺してやろうか」とはよくもまあ言ったもんですよ桓温さん。


劉表

三國志の時代の荊州統治の代名詞のような感じです。この人が退場すると、荊州をめぐって魏呉蜀がバチバチにぶつかり合うわけです。

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