第3話 利き手3
宇宙人め。私の話してやろうとしてたこと全部、のし付けて返して来やがった。またこうして、私はなんとも言えない敗北感を味わってしまっている。
こう見えて私は中学のときは塾でも学校でも成績上位だった。昔から勉強ができるお利口さんとして通ってきたのだ。その私がこの高校に受験勉強を必死にやって入った。進学クラスに残るためにもなんとか真面目に勉強もやっている。まぁ理由は進学率と、制服が可愛いことだったりするが、それでも一生懸命やってきた自信と自覚はある。プライドもある。なんとかあいつに認めさせてやりたいぎゃふんと言わせたい。「私だって」そんなことを思っていた翌日、事件は起こった。
「ちょっとなんだよこれ!」
教室の端、グラウンド側の窓側の一番後ろで人だかりができている。梶川司の席だ。梶川の声ではない、これは取り巻きのどっちかの声である。
「うわーひでぇな。」
「これ新しい奴だよな。かなり高いんじゃなかったっけ」
「ちょっと普通の壊れ方じゃあないな」
「司くんかわいそう・・・」
何が起こったのだろうか。梶川の机の周りは取り巻きとファン、そしてクラスのメンバーの人掛かりができていた。おかげさまででよく見えない。背の低い自分が憎い・・・
「梶川くんのスマホが壊されたんだって。」
うしろから私の肩をチョンチョンとつつき、優しく私に教えてくれた斎藤麻友。一年のときから同じクラス。丸い眼鏡がとてもよく似合う。初めて会ったときは、あまりの愛くるしさにラッピングして持って帰ってガラスケースに飾りたいと抱きついたらおどおどと戸惑っていた。戸惑っている姿も可愛らしかったのをよく覚えている。
「麻友———」
人の壁に遮られて感じたストレスを麻友に飛びついて発散する。一年の当初は飛びつくたびに戸惑っていたが、二年近くも経つと私への対応も手馴れたものである。よしよしと私を撫でながら微笑んでいる。持って帰りたい。いや持って帰られたい。麻友の膝の腕寝っ転がって甘えて一生を終えたい。
はっ、待て。麻友は確か「壊された」と言った?
「壊された?」
「うん、昨日の昼休みくらいから無くなってたらしいの。それが今日学校にきたら・・・」
「壊れた状態で見つかったってわけね」
梶川の携帯はiPhoneX、最新型で今までのより非常に高価だ。確か定価で買うと10万は余裕で超えてきたはずである。私もとても欲しかったのだが、今のスマホの支払いが終わってないので、あと一年半はいまのままで我慢である。発売してまもないスマホが無くなったと思ったらこんな形で見つかるなんて、さすがに同情する。
梶川の取り巻きたちが騒いでいる。
「これ絶対誰かがやっただろ。画面が割れてるなんてもんじゃねーぞ」
「中身までがっつりいってるなぁ・・・。」
さすがの紳士梶川司も動揺を隠し得ないのか、言葉を失っている。
「おい誰だよ。このクラスのやつじゃねーの?」
取り巻き2の野球部が騒いでる。ここぞとばかりに司と仲良いアピールでもしているのか、それとも本当に怒っているのかいまいち読めない。でも前者じゃないだろうか。この野球部の取り巻き2は顔面偏差値を私のスカウターは「ジャガイモ」と計測している。丸い顔でゴツゴツしていて、冬なのに焼けて真っ黒でゴツゴツした顔はジャガイモがぴったりである。だがこのジャガイモ、野球には熱心に取り組んでいるらしい、昨日の話でも高校から右打ちから左打ちに転向したことを言っていた。足もかなり早いらしい。昨日私も慣れない左手で字を書いてみたが、思うようには全く書けなかった。このジャガイモもかなりの努力をしたのであろう。
「いいんだ。大丈夫。」
振り絞るように梶川が言った。
「そもそも無くした俺が悪いんだし、壊れててもサポート入ってるから治せるよ。バックアップも取ってるし、今日の帰りにでもショップに寄っていくよ。みんな騒がせてごめんね。」
こいつどんだけ紳士なんだ。どうやったらこんな人間が生まれてくるのだろう。私が同じ目になったら半狂乱になって犯人探しで疑心暗鬼になっていそうだ。
「梶川くんはすごいねぇ。王子様みたいだねぇ!すごいねぇ!」
麻友が隣でパチパチと拍手している。音は出ない。手の平を合わせて指の部分だけで拍手している。可愛い。麻友にひっついてまた活力を得る。だがみんながみんな麻友のような天使ではない。
教室の隅に三人の梶川ファンが鬼のような目をしている。鬼だなあれは。目が光って赤い黒い靄のようなものを出しているかのように見える。彼女からすると進行する神の神器が破壊されたようなものかもしれない。あぁ、彼女たちのし心の声が、超能力のない私でも聞こえてきそうだ。
「司くんの携帯をあんなにしたやつ絶対許せない」
「マジでね。あれ絶対誰かが踏み潰してるよ。司くんに嫉妬して誰かがやったに決まってるし」
「昼休みまであったって言ってたよね。」
嫌な予感しかしない。あれは絶対に犯人探しをやるつもりだ。別に犯人探しは勝手にやってくれるならばいいのだ。なぜなら私たちは私たちを巻き込まずにやってもらいたい。だがあの手の連中は火に油を注いで火事を大きくしたがる。巻き込まれる気しかしない。
菊池晴人は興味なさそうにコーヒーを飲んでいる。
「へーあんたでも分からないんだ」
こいつは態度は良くないが頭は私の知る限り一番切れる。それこそ私の知っている大人も含めてだ。どんなこと一瞬で読み取って、理由を聞けば反論のできない理論でまくしたててくる。
「僕をなんだと思ってるんだ。分からない事は分からないよ」
「探偵かなって思ってるよ。割と本気でね。」
「それは褒めてくれてるっぽいね。ありがと。でも僕は推理もできないし、名探偵にもなれないしならない。」
「いつも当てるくせに」
「感はいい方なんで。」
こいつの嫌なところはここだ。間違いなく頭がいいくせにその自覚が全然ない。いや本当はあるのか?内容に装っているだけかもしれないけど、菊池晴人の内面は全然読めないのだ。とにかく、感だなんだと言いはするが、今回の出来事のこいつの意見は気になるところだ。
「ねー、犯人っていると思う?誰だと思う?」
「分からない」
「なんで」
「クラス違うから」
そりゃそうだ。クラスも違うのに私からの情報だけでわかったらそれこそシャーロックホームズか、どこぞの少年名探偵かだ。手を振って教室に戻ろう。
「ただ、どっちだとしても怖いね。」
名探偵には敵わない。 戸塚葱 @totsukaS
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