第2話 利き手2

 隣のクラスから元気なやつがやってきた。 大平恵美がやってきた。満面の笑顔だ。なんなんだこいつは。数学のレポートを少し手伝ったのをきっかけにやけに僕に対抗意識を燃やして突っかかってくる。少し悩んだだけで、「どーだ わからないかー これで私の勝ちだー」と顔に書いたようなドヤ顔で僕を見つめてくるのが腹正しい。というか顔にあれは書いているな、どう見ても。それ以来僕をやい名探偵だとか、金田一だとか嫌味をいって来る。


「よーっす!名探偵くん!知ってるか?」


「名探偵じゃないし、知らない。」


そりゃそうだ話も聞いてないんだから。僕は今から缶コーヒーを買いに行くという重要なミッションがある。休み時間は10分しかない。貴重だ。僕はおもむろに財布をとって自動販売機の向かう


「あーちょっと待ってよー!菊池くんってさ。利き腕どっち?」


 僕の気持ちは1Fにある自動販売機に向かっているのだが、後ろから妙な力が働いて動けない、というかこれ本当に女子の力か?ん、利き腕の話か。どうせクラスで左利きの苦労話を聞いていたんだろう。自動販売機が入れにくいとか、駅の改札が通りにくいとかそんなところだろ。だか、そこで知っているか?とこいつはドヤ顔で聞いてきた。今も顔に「聞いて聞いて」と書いてある。ということは少し珍しい話を僕が知っているかを試したいんだな。この大平さんはとにかく僕に「知らない」「分からない」と言わせたいのだろう。いろいろ突っかかってこられだしてから、まぁ何度もその2つのセリフをいった事がある。彼女が知っていて、僕が知らないことがあると彼女は非常に得意げな顔をして去って行くのだ。僕はそれが非常に気に食わない。さらにだ、僕の至福のコーヒーブレイクが邪魔されてしまうのも嫌だ、トイレにも行きたい。なんとかこいつのペースにならないように撃退してしまいたい。だが、無視して自動販売機まで向かったものならそこまでついてくるだろう、ならトイレまで行くか、だがそれも負けた気がして何か癪に触る。よし、僕は腕まくりをして、壁に少しもたれ掛けた。


「ねーどっち?右?左?」


「はぁ、利き腕の話でも聞いたの・・・? あ、そう言えば大平さんのクラスの委員長は左利きだよね。」


「え、うん」

 よし、このリアクション、間違いなさそうだな。


「梶川くんだっけ?彼が委員長が黒板に左で字でも書いて女子に注目されたのかな。やっぱいいねぇ男前は、それだけで注目されるんだから敵わないよ。 どーせ、その話しに聞き耳を立ててたんだろう?人の話に聞き耳立てるのはあまり行儀がいいとは言えないよ。しかもそれをしたり顔で僕に語りにくるなんて・・・どうかと思うよ?」


「え、なんでワカンの」

大平は数秒、固まってなんとも言えない声を絞り出した。


「梶川くんが左利きってこと?それとも君のクラスの前の授業が現社だったってこと?聞き耳立ててたこと?」


「ぜ ん ぶ 」


 その「ぜんぶ」の全部に全部濁点がついてそうな声だな。まぁもともと2つに濁点ついてるけど。それにしても、濁った点とは、昔の人はよくもまぁいい名前をつけたものだ。確かに濁点の付いた言葉は濁るという表現がぴったりだ。


「ぜんぶ!だってまだ利き手は何としか聞いてないよ!」

 どうやら僕の感は当たったみたいだ。ここで話さないともっとしつこく付きまとわれる。だったら、さっきの話に適当に肉付けして、それなりの説得力を持たせてやろう。ただ嘘は良くない、嘘は嘘を呼び自分の首をしめて結局一番面倒なことになるからだ、泥沼とはよくいったものだ。と、すると、事実を適当につなぎ合わせてそれなりに納得する答えにしてやればいいんだ。


「君のクラスの梶川くんは前に話したことがあってね、その時に右手に腕時計をつけてたんだ。珍しいなと持って覚えていたんだ。腕時計は普通、利き腕じゃない方につける。箸とかペンとか使いにくいからね。あと、現社はどこかの誰かさんが教室に来る前に岡田先生が通り過ぎてた。君のクラスは1組だろ?僕の席はこの廊下側の窓側だからよく見えるんだ。あの先生はグループワークが好きだから、黒板に各班のまとめで書くときに梶川くんが前に出たんだろうさ。そこにあと・・は、どっかのだれかさんの「利き手」ってワードと表情を見たら推して知るべしだよ。」



 どっかの誰かさんはポカーンとしてしまった。左手の腕時計を見てみると・・・もう自販機までコーヒーを買いに行く時間はないな。また50分、僕のコーヒータイムは延長された。しかしいい感じポカーんとしてくれたみたいだ。適当に辻褄を合わせて喋ってみたらいい感じに当たったようだ。利き手で話題にするとなると左利きの話し以外はまぁまずないだろう。だって、右利きの話なんてしても面白くもなんともない。しかも彼女は右利きだ、右利きで好奇心旺盛なあの子が話すんだから、左利きのちょっと変わった話ししかあり得ないじゃないか。




「あ、あと」

 言い忘れていた。これも数をいえばどれか当たるだろう。大平は悔しそうな顔でこっちを見ている。黙っていれば結構な美人さんなのにあの表情は勿体無いな。

「君が知ってる?って言ってたのは、左利きの人の苦労話でしょ。

飲食店のお箸が取りにくいってことか、急須でお茶が煎れにくいってことか、ケータイのボタンハサミとかノートは、まぁよく聞く話か・・・・・」

 これならありきたりすぎる、と思ったら、あーなるほどそっちか。

「あ、これだ。缶やペットボトルや瓶の蓋が右利き用に作られていることだね。もしかしたら、ラインマーカーが使いにくいってこともあるかもしれないね。 あ、さっき時計で思い出したけど腕時計のネジが回しにくいってのも大穴かな。他にもなんか珍しいのあったら後で教えてよ。じゃ。」


後ろで何か日本語にはならない言語を発していたから1つくらいは彼女の知らないのがあったのかな。

まぁコーヒーの時間はもともとなかったかな、トイレにいく時間は取れたからよしとしよう。と、思ったらまた後ろから掴まれた。この力はどこから湧いてくるのだろうか。



「きもい」


いきなり暴言だなおい。傷つくぞ?繊細な男子高校生に失礼だぞ全く。


「ピンポイントすぎる。当たりすぎててきもい。」


重ねてきた。当たってきもいとか占い師なら褒め言葉だが僕にはただの暴言だ。

なんでわかったのかギャーギャー騒ぎ出した仕方ないな。


「左手の苦労自慢の話が予想つくのはわかるよね」

「うん、悔しいけどそれはわかる」

「右手の空き缶、普通そんなの持ってこないよね。入ったところにゴミ箱があるんだからそこに捨てるよ普通。これで一つ目はおおよその予想はついた。マーカーはついでだよ、当てるつもりはなかったけど、たまたまだね。でも左手の下にピンクのラインマーカーのインクがついた後がある。さっきの岡田先生の授業はグループワークで、班活動をするんだからあんまりラインマーカーは使わない。ってことは、授業が終わった後、話を聞きながら試したのかなって思ってね」



「〜〜〜〜〜〜!」

 去っていった。台風みたいな奴め、台風と違って去っていってもまたすぐやってくるからたちが悪い。

 さてと、トイレに行って2時間目の準備を、と思ったら岡田先生がチャイムと同時に入ってきた。

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