名探偵には敵わない。
戸塚葱
第1話 利き手1
正月が開けて寒さも一層増してきた気がする。少し前まで冬用のコートを着るか、それとも少し着込んでごまかすか悩んでいたのに、周りは当然のように冬用のコートに手袋マフラー。自転車通学の私ももちろん完全防寒である。スカートの下にジャージを履きたい気持ちが強いが、花の女子高生としてはやはりまだ抵抗を感じている。だが風でめくれては困るので体操服のショートパンツは履いている。この季節はとにかく早く自転車を漕いで、体を温めながら早く学校につかなければならない。
寒さが厳しくなってくると、部屋の中は逆に暖かい。ホームルームまではまだ時間があるが、教室の暖房は程よく聞いていて、自転車を漕いであったまった体でコートを脱ぐと少し汗ばんできた。教室の気温と自分の体温が程よく馴染んできた頃にようやく授業がはじまっていた。
今日の1限目は現代社会だ。私が中学生の頃くらいから、授業は先生が一方的に話すのではなく、グループワークを取り入れることが増えてきた気がする。キョーイクイーンカイの方針だろうか、モンカショーの肝いりかは知らないが、グループワークは、友達と話しなどができて楽しいんだけど、できてない宿題や小テストの内職がその時間にできないのは不便である。一長一短だ。
今日の現代社会では、「ロックの社会契約説とはどのような考えなのかを班でまとめる」作業だ。中学校でも習ったが、名前は熱い感じなのに、内容はわかりにくい。ロックだかルソーだかが有名な本を書いてくれたせいで現代の私たちは苦労が尽きない。など思っている間に、黒板に代表者が各班の意見をまとめはじめている。
ふと1人の生徒が目に止まった。委員長の梶川誠である。他の生徒も気がついたらしい。
「ん、梶川、お前左利きだったのか。」
誰かがふと声をかける。
「なんだ今更だなぁ。もう1月だぞ。」
梶川が呆れた顔、しかし爽やかな笑顔で答える。
梶川が左利きであることは、あまり話したことのない私でも4月の時点ですぐに気がついてた。しかし、仲良くしていても利き腕は意外と気づかないものだろう。授業中はみんな前を向いていたり自分の作業なりで、あまり相手の利き腕をまじまじと見る機会がない。右利き、左利きなんて些細な話だ。
ちょうど夏の補習のときだったか、梶川は私の右隣になった、左手でペン回しをし、教師が解説することや板書を懸命にその左手でノートに綴っていた。サッカー部のくせに意外と腕に細身ながら筋肉が付いていて、筆圧が強いのかノートに書くときは、その白い肌に血管がうっすらと・・・・些細な話である。
委員長ファンの女子が、「梶川くん、左利きなんだーやっぱかっこいいなぁ。」と、小さいが聞こえるか微妙などうか微妙な声だが、騒いでいるのはわかる。
確かに左利きというだけでどこか神秘的というか、かっこいい印象を持つ気がするというのは否定しない。自分の持っていないものだからだろうか。普段の自分ではありえない角度と方向で文字を書いているのを見ると手品を見ているような不思議な感覚に陥る。あとネットでみた情報ではあるが、世界の人口のうち左利きは10%以下らしい、このレアな感じがまたいいのだ。レアってだけでなんか特別感感じませんか?感じます?そうでしょう。さらに、90%以上が右利きの中、なぜ左利きが生まれてくるのかは分かっていないらしい。この未知、魅かれる。この非日常性、希少性、そして神秘性、さらに左利きの人が一生懸命右利きのものをたどたどしく使っている姿とか、あーっ! もー私をどうしたいんだ? くーっ・・・・些細な話である。
右とか左とかそんな些細な問題ではしゃぐクラスメイトを見て大人な私は「もっと大切なものを探すんだぞ」と心の中で語りかけるのだ。
脱線した。先もいったが些細なことである。私は別に左利きだから右利きだからといってどうこうするつもりはない。つもりはない。つもりはないのだが、とりあえずこの授業のまとめは左手で書いてみよう。他意はない。他意はないのである。
休み時間になると、その話が続いていた。
「左利きって少ないんだろ?何かで左利きは頭いいやつが多いって聞いたけどやっぱ本当だな。」
梶川と同じサッカー部、
「俺も左利きだけど。」
梶川の取り巻きその2が調子に乗った様子で話に入ってきた。
「お前野球だけでしかも無理やり左になってんじゃねーか。」
軽い笑いが起こっている。
「いや、でも左利きって結構不便だからストレス感じることも多いんだ。」
梶川が話す。確かに左利きの話になると必ずこういった左利きの不幸話が始まる。贅沢な話だとは思うが、少数ものなりの苦労があるのだろう。それほど興味があるわけではない、ないのだが、友人の麻友が先生に呼ばれて職員室に行ってまだ戻ってこないのでこのカフェオレのお供に聞き耳を耐えてやるとするか。
「例えば、自動販売機ってさ、お金を入れる口が大抵右側にあるんだ」
意識したことなかったけど確かにそうだ。財布を左手にもって右手で小銭を出して、それを投入口に入れる。左利きならそれが逆になるから確かに不便なのは理解しやすい。
「あ、確かにそうだな。他にもあるのか?」
取り巻きその2、野球部の左打ち右投げが尋ねる。
「いっぱいあるぞー、ってかなんでもかな。ケータイもそうだし、ハサミ、ノート、缶ジュースに、蛍光ペンとか」
なに、缶ジュースに蛍光ペン?これは初めて聞いた話だ。周りの奴らも少し驚いている。
「え?缶と蛍光ペン?」
「あれ、有名だと思ったんだけど」
梶川が意外そうに返す。まぁ意識しない人が多いんだろうけどと言いながら続けた。
「缶ジュースとかのプルタブって実は右利きが開けやすいようになっているんだ。だから開けた缶見てみたら」
そう言いながら、野球部の持っていた缶コーヒーを借りて
「ほら、必ず蓋が右側から空いているだろ?」
聞き耳を立てていた私も思わず自分のカフェラテの缶を見てみる。ずっと、左右対称と思っていた、いや考えたこともなかったのだ。開き口は右から開くようになっていた。少し感動してしまった。と、なると蛍光ペンってなんだ。ペンケースから自分の蛍光ペンを取り出して見る。普通だ。これがどうして右利き用になるんだ。その答えは梶川から聞こえてきた。
「これは左で書いて見てもらうのが一番だな。ほら書いてみろよ」
どれどれと言いながら野球部が前の授業のプリントの端に左手でペンをなぞらせる
「あ、ほんと、なんか引きにくいな」
おいそりゃ左で書いているからだろ。右利きのお前が左手で書いてんだから。
「あ、そうじゃなくて、右手で、左方向に引いて見て、それが左利きの人が使ってる感覚だから」
梶川の指示に私もやって見た。確かになんとも言えない違和感。これは慣れてないというのもあるだろうが。いや、この蛍光ペン独特の斜めになった部分が問題なのだ。この斜めになっている形は、右利きの人が右方向もしくは下方向に、線を太く引くのに適した形になっているんだ。
これは面白いことを聞いた。後ろで梶川たちがまだ会話をしているがそんなことはもう関係がない。いつも上から、しかもしたり顔で、人を馬鹿にした雰囲気を醸し出すあいつに私の知識の深さを教えてやなければならない。聞いた話、教わった知識だからと言って問題はない。これはすでに私の知識になったのだ。私の知識ならばそれをひけらして何の問題があろうか。いいや問題はない。
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