Melty-Herzog der Sieben Farben-

あなかま

第1話 「Blau」

 今朝凪けさなぎ学園は有小里ありおり市の海沿いに建設された私立高校。

 白を基調としておりディズニーランドばりに清掃が行き届いている。

在学生徒は全学年五名。



 一年生0名。二年生0名。三年生5名。



 何故ここまで偏っているのか。


 特別田舎ではない。山奥などの辺境に構えているわけでもない。自動車だってそれなりに走っている。ではなぜ?


 グリザイユの夢。禍々しく、果てしない黒で埋め尽くされる悪夢。

 見た者の肩甲骨ら辺に翼のような刻印が浮かぶそれは主に幼少期の少女へ一斉に発現し、精神汚染を起こす可能性がある。


男の俺が患った理由は未だ不明だ。

前例がないので仕方ない。


 症状としてはシリアルキラーに変貌する、らしい。らしいというのも、前例がないからだ。未然に防ぐため?だろう。きっと。


 今朝凪学園の裏の顔は発症者を隔離するための、オブラートに包めば鳥籠。真正面から捉えれば隔離病棟。

 しかしその病も18歳で完治する。

 そして今日はめでたいことに、三年生5人が卒業するセレブレイトデイ。

 校歌、卒業証書授与諸々を終え昼過ぎ。

 最後の5人を満喫するべく高台の鹿月公園に集っていた。


露草つゆくさ、海ってどうして青いか知ってる?」


 ベンチで隣に座り、問いかける詠海えみ

 揺れる長いまつげ。

 ブラックホールのように何処までも吸い込んでしまいそうな瞳。

 いつもなら惑星1つ丸呑みするレベルの魅了を潜めているのだが、今は二分の一。

「左目、大丈夫か?」

 左の目を覆う眼帯。

病院で支給される平凡な眼帯なのだが、昔から目立った病気をしていないせいで十割増しで仰々しく映る。

「朝言った通り、ただのモノモライだから。そんなに気にしないで」

「でもなあ…」

「気にしないで」

「はい」

ピシャリと言われ、否応なしに本能が従順に傅く。

だって怖いじゃん?怒った詠海、怖いじゃん?

「で」

「はい?」

「で、さっきの質問の解答は」

「ああ、確か…太陽の光の成分で青色だけが海に溶けるから…だっけか」

 風に踊る肩まで伸びた黒髪に視線が吸引されそうになるも、何事もなかったように平然を装い遊具の方に目を向ける。ブランコで遊んでいるのは緋鳴ひな伊智いち。どうやら靴を飛ばした距離で勝負をしているようだ。


「そう。地球の7割は海。地球は青いの。空も青い。こんなに世界を鮮やかに彩っているのに、どうして醜く映ってしまうのかな」


「詠海は青が嫌いなの?」


「好きか嫌いだと嫌い…かな。身近過ぎたのかもしれない。…露草、貴方は?貴方はどういう感情を抱いているの?」


 食い気味に近づく詠海の顔に妙な気分が渦巻く。勢いで距離をとってしまった。


「ん?」


「い、いやあ、なんというか驚いたというか」


 詠海は首を傾げ、笑みを浮かべた。三日月を象る艶やかな唇が追い打ちをかけて心を弄ぶ。ずるいなあ。


「お、俺はそもそも色自体があまり好きじゃないから。目がチカチカして落ち着かないんだよ」


 無理やりの切り替えに若干吃ったが何とか言い切った。よくやったぞ、俺。

 勿論あたふたしていたからといって適当に返事したわけではない。

 マイルームはモダンな感じだし。

ノートはほぼシャーペンだし。


「そっか…。やっぱり、自分で自分を好きになれないと、好きになってもらえないよね」


 飲み込めない返答に今度はこちらが「ん?」と返すも、


「みんにゃー記念のしゅうごー写真取るぞい」


 遊びが一段落したのかバカチョンを片手に「にしし」と笑う伊智と不満そうに腕を組む緋鳴。

 んー気になるけどまた聞けばいいか。


「そんなの不要よ。過去に縋りつくのは弱者の行いだもの」


 髪をファサッとかきあげ鼻を鳴らす緋鳴に目を細めニヤッとする伊智。まるで獲物を見つけたかのような怪しい眼光。


「あっれー?靴飛ばしで負けたからっていじけてんのー?ちっこいのは身長だけじゃないってか?」


「別に悔しくなんてないわよ!ふっ、勝ち負けにこだわるなんて、こ・ど・も、ね」


「んじゃー緋鳴は抜きでーはいはい集まって」


「無視すんな!」


 案の定いじられ倒された緋鳴はパンダのロデオに横座りで黙々と本を読でいる透江とおえに泣きつく。ここまでテンプレ。


「うわーん!とおちゃーん、バカ伊智がいじめてくるよー」


「よーしよーし」


「くーんくーん」


 飼い主に甘える子犬の図。

 緋鳴が泣き止んだことを見届けてようやく撮影スタート。

 タイマーを設定して駆け寄る伊智。

 ぎゅっとまとまって文句を言い合う。


黎城院れいじょういん 緋鳴ひな。実家の巫女家業を継いで、将来立派な巫女になるわ」


神輿宮みこしのみや 伊智いち。とりあえず神主を継ごうと思いまーす。あといっぱい寝たい」


紡八つむぎや 透江とおえ。国立国会図書館の司書になって沢山の本と触れ合いたい」


あぜ 露草つゆくさ。明確な夢はないけど、まずは何かしらの資格をとってみようと思う」


叉倉さそう 詠海えみ。私は……誰かの役に、貴方がいて良かったと思ってもらえる人なりたい」


「何気ない」が特別に変わる瞬間。

 カシャリと響くシャッター音と共に俺達の短い青春は幕を閉じた。


 ※


「終わっちゃったね」


 帰り道、オレンジに焼ける空に目を向けて詠海が口を開く。

 憂いを帯びた声。これがセンチメンタルって奴か。


「ま、今まで通り一日の大半を一緒に過ごすのは難しいけど、会おうと思えばいつでも会えるし大丈夫だって」


「うん…もしまた誰1人欠けることなく会って、遊んで、ご飯食べて、1日中たわいもない話で盛り上がれたら…私、きっと泣いちゃうな」


 詠海の泣き顔か…。そういや長い付き合いだが一回も拝見したことがない


「それはぜひお目にかかりたい」


「意地悪な人は嫌いよ」


 ぷいっとそっぽを向く詠海。

 ちょっとした仕草をどうしてそこまで可愛くできるのだろうか。

心臓に悪いこっちゃ。


 たわいもない話をしていると家に到着。

 黒い屋根がうちで茶色が詠海の家だ。


「じゃ」


「…じゃあね」


 含みのある別れの挨拶に違和感を感じたが、掴みどころのない雰囲気は詠海の一種の持ち味だろう。


「ただいまー…っ!?」


 玄関まで満たす嗅覚を劈く異臭。

 母さんの「おかえり」も皿洗いの音もテレビのガヤガヤとした声もない。

 父さんも卒業祝いのために早帰りって言っていたんだけどな。

 不気味なくらいの静寂と暗く重い空気。

 いつも無意識に超える段差が妙に高く感じる。いや、足が動かないという表現が的を射ている。

 春だというのに鼓動は加速し体温は急上昇していく。背筋と頬を伝う気持ち悪い汗で我に返り、大きく深呼吸。


「…よし」


 果たして俺は本当に家に帰ってきたのだろうか。普段感じるのは安堵なのに、今は形容し難いプレッシャーと内でざわめく予感地味みた何か。

 そうだ。俺の声が小さくて聞こえなかったんだ。もしくは疲れて寝ているか。

 毎日家事仕事でクタクタだろうからな。

 そうに違いない。全財産かけてやってもいい。


「た、ただいま!」


 腹からの大声と同時に勢いよく開いたドアの先には…


「…………」


 目に飛び込むそれに対して表情を歪めることも悲鳴をあげることもままならない。


 赤。

 赤赤。

 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤────。


 四方八方にベッタリと張り付くどす黒く滲む真っ赤な絵の具。

 大胆に零された赤水に溺れる無数の人

「っ!?」

 不意の気配にショートする脳をたたき起こす。

 佇む一人の長細い影。

 黒いフロックコートにシルクハット。

 こちらに気づいたのか振り返り顔を見せる。

 真っ白。陶器のような。いや、陶器だ。

 仮面。幾何学模様を刻んだ、恐怖で肌を撫でてくる仮面姿。

 殺人現場に出くわしたと思えば殺人犯もくっついてくるとは。

 人生史上最高に要らないオマケだ。

 俺の足は無意識に後ろではなく前に、血溜まりの君へ一直線に向かって動いていた。

 既に引き金を抜きアドレナリンMAXの化け物相手に逃げの戦法を取らないのは死を意味するに他ならない。

 しかし、今は肉塊でも元は自分を育ててくれた大切な親なわけで、彼らの凄惨な様子を目の当たりにして理性を保つ方が難しいだろう。

 少なくとも俺はまだ人だった。

 無我夢中で血眼で雄叫びをあげて突っ込む。

 過度の集中からか懐に潜り込むまでの間の記憶がなく、気づけば2メートルはある長身が眼前に立ちはだかる。


「うおおおおおおおおおお!!!」


 精一杯踏み込み、顎を狙い拳を振り上げる。

 形ばかりの気迫が功を奏したようで、浅くも硬い手応え。

 身代わりになった仮面が真っ二つに割れ落ち、顕になった御尊顔。

 後を追うように飛び降りるシルクハット。

 零れ溢れるブロンドの髪と、生者とは一線を画した純白の肌。

 かの吸血鬼城を照らす紅の満月を彷彿とさせる双眸に貫かれた瞬間、


「あっ………」


 俺の意識は───ブラックアウトした。

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