第一章『壊れていく世界に産声を上げて』6

 遥か遠くの地平から陽が漏れ始めてきた。凍てつくような寒さから一転、眩しいほどに暖かい光に展望台は包まれる。

「はい、これで十一ノ刻。出発の時間だ」

 ギリアムの横をすり抜け、颯爽と階段を下っていくアセラ。

 その後ろ姿を目で追いかけ、小さくほくそ笑み、プレイアを包み込むようにマントを再び被る。

「人前では、寒いって言えないもんな」

 ゆったりとした足取りで、ギリアムは階段へと歩を進ませた。


「さて、ここが合流地点なわけだ」

 荒涼とした風の吹き荒れる地。吹きすさぶ風はきめ細やかな白い砂に模様を作り、ところどころに転がる岩の間を吹き抜けては音を奏でる。

 東サラセン丘陵地帯『フォートノックス』。

 巨大な一枚岩の上に出来た砂漠一帯のことを差し、昼の時間ともなれば地平線からの陽は注がれて過ごしやすく、夜の時間ともなれば極寒の乾燥地帯となる。

 人が住むにはまだ地上の方が良い。環境の過酷さゆえに、ただでさえ数の少ない魔物たちは凶暴性が増している。

 つまるところ、ここには何もない。

「隊長、この付近が天硝子アマガラスの予想墜落地点か?」

「そ。もう少し東に行ったところにある『紅の岬』に墜ちてくる、という予想だよ」

 形状だけは特定されていないけど——とアセラは肩を竦ませて見せる。

 『天硝子アマガラス』。

 形状は様々で、無機物・自然物・獣・竜・人・異形——種類として大別はできるものの細かな分類が出来ない者たちの総称である。常闇に覆われる空より飛来し、ただただ世界を貪っていく侵略者。彼らの通る道は腐敗し、吐息の混じる空気は毒に冒され、その身に触れれば皮膚は灼け、心は狂い、自ら滅びを望むようになる。

 なぜ彼らが墜ちてくるようになったのか、それは過去の大戦が影響しているというが詳しいことは分かっていない。今の人類にできることは、墜ちてきた天硝子たちを全て滅するということだけだった。

 アセラやギリアムの立場は、天硝子の殲滅を請け負う専門家というものである。

「前回は獣型の戦狼ウォーウルフだったな。あんな上半身が筋骨隆々な狼を相手取ったのは初めての経験だった」

 背中の大戦斧だいせんぷを引き抜き、片手で掲げて言う。

「一番印象深い天硝子と言えば巨人神ギギリオンかな。身体がでか過ぎて近付いたら足の甲しか見えないヤツ」

「あー、アイツの話はするな。この斧が弾き返されたのを思い出したくねぇ」

 アセラが言うとギリアムは煩いとばかりに首を振る。そしてすかさず、

「……この会話、何回目だ」

「今月に入って、今回も含めれば天硝子討伐依頼が十回。ちなみにこの会話の流れも十回目だね」

「よくもまぁ、何回も同じ話題で盛り上がれるものだ」

「……どうしてだろうね」

 ギリアムが吐き捨てる様に言い、アセラは眉根を寄せて呆れた声で言う。

 強く吹いた風に白い砂が舞い上がる。身体に当たってパチパチと音を鳴らし、さざ波に似た音が遠のいていった。

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