第一章『壊れていく世界に産声を上げて』4

 マイソシア大陸・東サラセン地域。


 東西に長く、楕円形に近い形をするマイソシア大陸の一番東のほう。地形に高低差のある岩石砂漠の一帯を差す。

 岩石砂漠のただなかにたまたま出来たオアシスの周辺に、最初は休憩目的で集っていたものが、次第に定住する者たちが現れ始め、いまや数千人規模の人口を抱える中規模なサラセンの街を成していた。

「東サラセンの家を出てここに来てから、もう二年か」

 街を一望できる塔の一番上で、アセラは呟いた。

 東サラセンを守護・統治するセラフィリア家の長男として生まれ、次期領主としての素養を会得するために騎士団に入団した。当時十四歳であった自分は十六歳になり、今や一つの隊を率いる隊長としての称号を得ていた。

「他の隊は何をやっているだろう」

 基本的に、配属された隊以外の人物と関わりを持つことはない。偶然出会ったならまだしも、互いの任務地は知らされず、ほぼ別の地域へと行き渡る。それほど騎士団の人員は充分な数がおらず、少数精鋭の隊を組むほかないのである。

『さすがに、ここまで登ると陽が見えてきそうですね。アセラ、もう少し上に行きましょうよ』

 剣帯に吊られたエテルネルが声を発する。塔の一番上——展望台の上と言うと、そこは確実に屋根の上である。

「じゃあ上に放り投げてあげるから、エテルネルだけ行っておいで」

『冗談ですよ冗談。滑り落ちて壊れたらどうするつもりですか』

「新しい剣を選ぶさ。君ほどでなくとも、良質な『聖剣ヴィタール』はたくさんいるから」

『あー、言いましたね。私よりも優れた剣がないということは誉め言葉として受け取っておきますが、そんな私を棄てるなんてことは許されませんよ!』

 鳥の翼を模した鍔にはめられた緑柱石エメラルドを明滅させ、エテルネルの声が展望台いっぱいに響き渡った。

『そもそも聖剣ヴィタールがどういったものなのか、マスターは未だ理解していないようですね。エテルネルという剣を理解するためにも、しかと思い出すことをおすすめします』

 聖剣ヴィタールが何なのか——エテルネルに言われてアセラは、頭の中でその知識を思い起こす。

 聖なる剣と書いて聖剣ヴィタールと人は呼ぶ。語源ははっきりとされておらず、人類で一番最初に聖剣ヴィタールを手に振るった女性の名が『ヴィタール』だったとか、偉大な神が使役した剣を握った人間の名が『ヴィタール』であったとか諸説ある。

 聖なる剣は主に追従し、主のためにその刃は使われるが、聖剣ヴィタールとしての形の在り方は必ずしも剣の形を成している必要はない。

 使うことと、使われること。その壁を越えた関係の先に聖剣ヴィタールというものの在り方がある——とアセラが思い出している時に。

「一番乗りは、アセラ隊長だったか」

 彼の背後から、年若い男の声が発せられた。

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