第一章『壊れていく世界に産声を上げて』2
『——ちょっと、どうして閉めるんですか!』
閉じた戸の中からくぐもった声が再び。
『せっかくアセラが戸を開けるのを待っていたのに! 自分で出られるのを我慢して、待っていたのにー!』
クローゼットに無数の亀裂が走った。
亀裂というには些か綺麗すぎるだろうか。直線だけで構成されたそれはクローゼットの全体にまで及び、カチカチカチと無機質な音を奏で始める。
箱の形をしていたそれは徐々に姿を変えていき、折りたたまれ縮小されて、純白の台座へと早変わりした。もちろんそれに突き立つように剣はある。
『はい、マスター! おはようございます!』
その剣が、流暢な言葉で語りかけてきて。
「……………………………………はぁ」
『なっ、なんですか』
長い静寂の後に少年・アセラは溜め息を吐き、剣が抗議の声を上げた。
少年は剣の柄を握り、引き抜く。窓から差し込む星の明かりに純白の諸刃が照らし出された。過多な装飾は一切なく、鳥の翼を模した鍔には
「いや……気にしなくて良いよ、エテルネル」
アセラはそう言って台座に剣を戻す。
キンッ、と小さく快い音が部屋に響いた。
『えー、気になるじゃないですかー。もしかして、今日のことが心配なんですか?』
それに少年は再び溜め息を吐き、
「そんなに気にすることじゃないさ。いつも通り、平常通り、僕について来ればいい。そうしたら、またいつものように明日がやってくるよ」
別のクローゼットに近寄り戸を開けると、中には白いシャツやズボン、コート。
『その言葉は頼もしい限りですねー。言われたとおりに私は付いていくことにしましょう。それと、華も恥じらう可憐な女の子の前でいきなり着替え始めるのはいかがなものかと』
「……どこに華も恥じらう可憐な女の子がいるって?」
『やだなー。ここにいるじゃないですか、ここに。ほら可愛い
「生憎だけど、この部屋には僕しか人はいないから」
シャツやズボンなどを重ね履き、厚底ブーツを履いてコートを纏う。ベルトにポーチを差し込み、腰の位置に来るように巻き付ける。厚手の手袋と毛皮の帽子を取り出して身に着ける。
剣帯を引き出して手に持ち、アセラは剣の方へと歩を向けた。
『相変わらずかなり多めに着込んでいきますねぇ。凄く動きにくそうですし、そろそろ寒さにも慣れてくるんじゃないですか?』
「君は剣だから寒さを感じないんでしょ。外に慣れているとはいえ、寒いものは寒いんだから。
今日帰ってきてから毎晩、君を冷水に浸けておけば分かるようになるかな」
エテルネルの柄を握り、刃先を下にして持ち上げて。
『アセラは分かっていませんね。
「毎日の手入れは欠かさないから大丈夫。ほら、鞘」
『私は氷水の中に入りたくないだけなんですけど……はいはい』
台座がカチカチカチと音を鳴らして四角い断片へと分解されていく。それらは剣の周りに張り付くように集い、一瞬のうちにむき出しの刀身を包む純白の鞘となった。
『剣使いが荒い人ですね。うちのマスターは、もう少し優しくならないものですか』
「残念ながら、これが常だよ」
『残念ですねー』
剣帯に開いた穴に鞘の突起を挿し込み、肩に斜めかける。
そうして少年と剣は、部屋の外へと出ていったのだった。
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