やきう短文シリーズ
威岡公平
20180108
嘘だ。
「ライバル…ですか?私はそういうの、ないかなって」
この日、私はひとつ、嘘をついた。
「何より目の前の一勝、チームの一勝が大事ですから。
今日は頑張る日とかそうじゃない日とか、って考え方は、自分の中には無いです。
毎試合毎試合、持ってる力と技術とを全部ぶつけたい、っていうか。」
――○○選手にとって、同じピッチャーとして「この人と投げ合う時は負けたくない」という選手はいますか。
その日私は、試合前に地元ローカル番組の取材を受けていた。
おらが村出身で、地元チーム生え抜きの若手の主力の素顔に迫る――。
事前に渡された資料には、そのような旨の内容が書かれていたと記憶している。
件の質問がインタビュアーの口から出たのは、そろそろインタビューも締めにかかろうか、という頃合いだった。
番組の終盤にひとつ盛り上がりが欲しいだとか、野心的な一面も見せてほしいだとか。
終始にこやかで紳士的だった彼女が、(ちょっとばかり挑発的な)その質問を投げかけた理由は、いくつも簡単に思い浮かぶ。
実際一般論として言えば、取材側にも選手側にも「おいしい質問」だったと思う。
優等生的な発言よりも、フックにかかるという意味では乗ったほうが確実においしい話題だった。
だが私は乗らなかった。よっぽどのことでも言わない限り、けして私の失点には成り得ない他愛もないインタビュー。
高卒ドラフト下位で地元球団に入団してから7年目。ローテーション投手として一軍に定着してからはまる3年目だ。
昨季オフ、球団フロントはプロ野球選手の平均年俸をらくらくと上回る金額を快く提示し、私も一発サインで応じた。
ついぞ甲子園には出場できなかった地元球児のサクセスストーリーは、私の周囲のあらゆる人間を喜ばせた。
今シーズンはオールスターを迎えて6つの勝ち星を挙げている。CMや個人スポンサーの話だって来ている。
功成り名を遂げた――とは恥ずかしくて口に出すのははばかるが、
プロ野球選手としては申し分ない成績・評価・人気・年俸。
それでも胸の奥に燻るほんの小さなしこりが――『その選手』への羨みと嫉妬が、件の質問に『その名』を答えることを躊躇わせた。
あの日から私は、ずっと彼の残像に勝てないままでいる。
あの細やかな四肢は、私と違う。
マウンドで伸びやかに奔放に踊るフォームは、私と違う。
他人などどこ吹く風と言わんばかりの佇まいは、私と違う。
プロ入りからの7年は、変化の連続だった。
分厚くなった身体やコーチと一緒に作り上げたフォームは、疑いようもなく私に今の地位を与えてくれるものだった。
だが、はじめて見た日とまるで変わらない彼の有り様を見るたびに、耳元で何者かに囁かれているような感覚に襲われる。
「『彼』こそ本物の野球選手だ、野球をするために生まれてきた生き物なんだ」
「ないもの持ちえないものを必死になってこしらえて継ぎ足した君とはまるでまるで違う生き物だよ」
「君だって認めているはずだ―――だって『彼』は、君の憧れだろう?」
「君の憧れたもの、欲しかったもの、得られなかったものを全部持っているのは彼だよ」
――と。
やきう短文シリーズ 威岡公平 @Kouhei_Takeoka
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