歌から生まれた物語
佐藤マサ
第1話 場末哀歌(エレジー)
♪場末哀歌(エレジー) 作詞作曲佐藤マサ
参考音源 https://youtu.be/hxKbYoGwzqk
『こんな場末の歌い手なんて あたいの望みじゃなかったけれど
今じゃけっこう 幸せだって 少しは感じているんだよ。
あたいの歌を目を閉じながら 涙流して聴いてる人
あんたも悲しみ背負っているの 優しい言葉を待ってるの
※陽気に笑うハイなおじさん あたいのファンだといつも言ってる
慣れない手拍子酒場に響きゃ 嬉しい気持ちになって来る
一度はスターに憧れていた そんな昔もあったけれど
好きな歌だけ歌っていける 他人には判らぬ夢もある
※ref
こんな場末の歌い手なんて あたいの望みじゃなかったけれど
あたいが歌うの待っているよな 場末の酒場が好きなのよ
あたいが歌うの待っているよな 場末の酒場が好きなのよ 』
街外れの古びたビルの階段を降りると 微かなざわめきとホンキートンクなピアノの音色 酒とタバコの匂いでむせ返る 何所にでも在るような 典型的な場末の安酒場があった。彼女は昔に比べて痩せていた。私が知っている はち切れんばかりの若さでシャウトする声ではなく かすれた呟くような歌声だった。けれど 時折見せる愛らしさ 艶っぽさは やはり天性の物なのか 相変わらず漂っていた。
小さなアップライトピアノをバックに歌われるその声に合わせて その場の客たちは 手拍子、一緒に歌い、あるいは 目を閉じ涙を流したりしていた。
隅のカウンター席に腰かけて しばらく彼女の歌声に浸った。
そして その昔 彼女がバリバリのアイドルとして活躍していた頃の持ち歌を昔とは違った少しハスキーな声で歌い終えた時 初めて彼女と目が合った。
もともと近眼の彼女は 一瞬きょとんとした顔をした後 遥か遠くを見るような目をして微笑んだ。
それは 15年前の暑い夏 東京、南青山にある大手芸能プロダクション エースプロモーションの練習スタジオでのことだった。当時 まだ駆け出しの作曲家で ようやく有名歌手のアルバムに曲が使ってもらえるようになり いささか 芸能界ズレしだして有頂天になっていた私は 今では もう死語となった 所謂 C調な感じでスタジオの扉を開けて入っていった。
「おっはようでーす! 遅くなりましたー、Sさんの歌録りが押してしまったものでー。」 「マーちゃん 最近 売れっ子だもんねー。」そう言いながら 眠そうな目をこすりながら エースプロモーションの敏腕プロデューサー大川がやって来た。「いゃー そんなことないっすよ~」と私はお道化た感じで答えた。
大男の大川の肩越しからちょこんと顔をのぞかせた女の子 それが彼女との初めての出会いだった。 「今度 うちに入った子 名前は」 「江藤真理でーす! マリーって呼んでくださいー!」小柄な体に似合わぬ大きな声で彼女は自己紹介した。
「事務所の一押し。今度 俺がプロデュースするピンクドールスっていうアイドルグループのメインボーカルにしようと思っている。」彼女の肩を抱きながら 大川は自信たっぷりにそう言った。「エー! ソロじゃないのー?! 」彼女は不満そうに大川を睨んだ。少しへきへきした感じで「最初はグループで名前を売って それからソロでマリーはブレイクさせるのっ!」いつもの横柄な大川とは違う彼女への態度がなぜか可笑しかった。「実は まーちゃんにピンクドールスのデビューシングルを頼もうと思ってるんだよねー。上は王御所に頼もうって感じなんだけどさ ここは若い作家のセンスでって俺が突っぱねたんだぜ。」そうもったいぶった感じで大川は言った。
アルバムにはコンスタントに使われるようになってきたが シングル曲のオファーは初めてだった私にとって それは喉から手が出るような美味しい話だった。
「センセー 良い曲作って下さいねー! 楽しみー。」出合ってすぐに そのアッパーな上昇志向を発散していたマリーは 私の手を握ってそう言った。私はもう彼女の虜になっていた。
それから一年後 女性三人組アイドルグループ ピンクドールズは エースプロモーション期待の新星として花々しくデビューした。センターでメインボーカルのマリーは キュートでコケティッシュな容姿と それにも増したリズム感抜群の声量あるボーカルであっという間に注目の的となった。
私の作ったデビュー曲♪ピンクなキッス、は大ヒットとまではいかなかったが さすがは大手プロダクションの力 テレビやラジオでそこそこon airされた。
そうやって アイドルグループ ピンクドールズは幸先の良いスタートを切ったかに見えた。
何曲かピンクドールズの曲を書いているうちに 私は マリーの歌手としての才能、アイドルでは収まりきれない可能性みたいなものを感じるようになっていた。
しかし事務所からの依頼は相変わらず 明るく軽快な いわゆるアイドルソング風なものだった。
いつしか「えー また こんな おんなじような 歌 歌うの~?! 」マリーは平然と人前で不満を言うようになっていた。 そんな楽曲への不満 そして そもそもソロ志望だったことや 彼女元来の我儘な上昇志向が災いして グループの不和は時間の問題となった。
「センセー あたし この頃 なんで歌ってるのか解らなくなってるんだよねー。」 ある日 新曲のレコーディングで スタジオのソファーに深々ともたれてプレーバックを聴きながら彼女が呟いた。「もっと歌が上手くなりたい。好きな歌を思い切り歌ってみたい。」そう言ったあとすぐに「嘘ぴょ~ん」とお道化て笑って見せた。「僕はマリーのボーカルが大好きなんだ。(ほんとは君自身も、、、)きっといつかマリーにぴったりの歌をプレゼントするからね。」となんとも子供じみた愛の告白をしてしまったものだと いささか後悔していた私に、マリーは嬉しそうに「ありがとう。楽しみにしているね。」と母親のようなハグをしてくれた。
それがマリーとの思い出の最後だった。 その後の彼女の運命はまさに波乱万丈急転直下だった。 週刊誌の見出しっぽく言うと 『ピンクドールズのマリーこと伊藤真理、担当プロデューサーと事務所を電撃独立! 』 『芸能界追放! アメリカへの恋の逃避行!! 』 厳密にはマリーの歌に対する情熱を抑えきれなくなったプロデュ―サー大川が それに引っ張られるように焦って事務所からの独立を画策して失敗、日本から追い出される形でアメリカへ渡ったというのが真相だったようだ。
そしてその後も不運は続き アメリカへ渡った数か月後 大川は心臓麻痺で急逸したということをスポーツ紙の三面記事で知ったが なぜか マリーの消息は書かれていなかった。
「うわ~ まーちゃん 超久しぶり―! 元気してた? 元気に決まってるか 売れっ子作曲家さんだもんねー でも 少し太った?、、、」
カウンターの隣の席に座るなり マリーは畳みかけるように明るく話しかけてきた。まるで私からの問いかけを遮るように。 私はマリーの口撃をやり過ごすようにグラスの氷が解けるのを見つめていた。そして ようやく生まれた沈黙の後 私は「SNSに君が日本で歌っているっていう情報が載っていて とぎれどぎれの情報をたどって ようやくここにたどり着いたってわけ。」頑なだった私の心は グラスの氷のようにもう溶け出していた。「SNS、、、か。」彼女は苦笑いした。
聞きたい事 問いただしたい事は山ほどあった。しかし 彼女の歌声を聴いてしまった後は もう すべてどうでもよいことのように思えてきたのだ。
「これから もう ワンステージあるの よかったら 聴いていってね。」
彼女はそう言って あの時と同じように 母親のようなハグをして 小さなステージに向かって行った。 時に激しく 時に切なく歌う 彼女の歌声に魅了された。
まぎれもなく マリーはその場にいたお客たちみんなのスーパースターだった。
ステージの後 すっかり興奮してしまった私は思わず本心で「マリー! もう一度 東京に戻って僕の作った歌でやり直してみないか!? 今の君なら 間違いなくスターになれるよ! 」熱唱の後の汗にまみれた彼女は「ありがとう。」と心から喜んだように見えた。 「明日の昼の電車で東京に帰る。君もいっしょに帰ろう!」予想以上にロックのバーボンの酔いが回っていたのか 思わずここへ来た本音を口走ってしまった。
翌日の昼 駅のホーム。めったに飲むことのない酒をしこたま飲んで二日酔いの私は後悔していた。そして なぜかマリーはきっとここへは来ないだろうという予感があった。 そんな予感を裏切るように マリーはやって来た、小さな女の子の手を引いて。 ちょっと照れながら「この子 大川との子 歌ちゃんていうの。」
問わず語りに「ライブの日は酒場のマスターの奥さんに預かってもらっているの。」あっけにとられている私に 「歌ちゃん まーちゃん先生にご挨拶はー?」
とマリーはすっかり母親の顔になって言った。「ゆうべの話。とっても嬉しかったけど、、、」子供の頭をなでながら 「こういうことだから、、、」とわびるように笑った。 言葉を失っていた私は「そうか、、、」としか言えなかった。「時々 まーちゃんの作った歌も歌わせてもらってるんだよ。これからも良い歌作って頑張ってね!」と またいつものように母親のような(今はリアル母親だが)ハグをしてくれた。
動き出した電車の窓の向こうで手を振る二人の姿がだんだん小さくなっていった。
さよなら マリー。君の歌声は やっぱり僕を虜にしたままだったよ。
東京に帰り 僕はマリーとの約束を未だ果たしていなかったことに気がついた。
愛用のピアノの前に座り 目を閉じ そっと深呼吸して 忘れることのできない
あの夜のマリーのステージを想い浮かべた。
そして、、、 こんな歌が生まれた。
♪場末哀歌(エレジー)
『こんな場末の歌い手なんて あたいの望みじゃなかったけれど
今じゃけっこう 幸せだって 少しは感じているんだよ。
あたいの歌を目を閉じながら 涙流して聴いてる人
あんたも悲しみ背負っているの 優しい言葉を待ってるの
※陽気に笑うハイなおじさん あたいのファンだといつも言ってる
慣れない手拍子酒場に響きゃ 嬉しい気持ちになって来る
一度はスターに憧れていた そんな昔もあったけれど
好きな歌だけ歌っていける 他人には判らぬ夢もある
※ref
こんな場末の歌い手なんて あたいの望みじゃなかったけれど
あたいが歌うの待っているよな 場末の酒場が好きなのよ
あたいが歌うの待っているよな 場末の酒場が好きなのよ 』
完
歌から生まれた物語 佐藤マサ @welcomerecords
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