首なし執事とお嬢さま、時々メイドさん。
サニ。
4529/27/41
青い薔薇が咲き乱れ、空は雲ひとつ無い。
大地は果てしなく広がり、ソレに呼応するようにまた、青い薔薇もどこまでも続く。
そんな場所にぽつんとひとつ、屋敷が建っていた。
青く美しいその風景を壊すように、やたらと大きく構えていた。
その大きさは普段目にしている建物の比ではない。それくらい大きくどんと構えていた。
一体、こんな場所に建てられた屋敷で、誰が暮らしているのだろう―――。
屋敷の中はその大きさ通り、かなり広々としていた。
大理石で出来た床、柔らかい光をくれるシャンデリア、長く続く螺旋階段。
外の風景に見合わず、やたらと豪華な造りになっているようだ。
その屋敷を少し進んでみれば、やがて大きな庭へと出る。その庭はやはりというべきか、青い薔薇でうめつくされていた。というより、ソレ以外の花はこの場所には全く無いようだった。
しかし、庭の真ん中だけポッカリと開いている場所が在る。そこだけきれいに、青い薔薇は避けているようであった。そしてその場所には、ちいさな円型のテーブルと人一人が座る椅子が設置されていた。円型のテーブルの上には、無数のお菓子と中身が注がれたティーカップとソーサー、一輪の青い薔薇が添えられていた。
その椅子に座るは、右目に青い薔薇が咲き、顔にヒビがはいった目を閉じた女性。すぐそばには首のかわりに黒いモヤがある執事のような者と、顔をヴェールで隠した顔のないメイドがいる。メイドの手に肉はなく、骸がむき出しになっており、動かすたびに音が鳴る。
カチャリ、とティーカップに陶器のように白い指がふれる。中に注がれた赤茶色の紅茶は、動きに呼応するように水面を揺らす。
「本日の紅茶は、お嬢さまのご希望通りアールグレイに致しました」
首のない執事が椅子に座る女性に『声』をかける。声を発する器官はないはずで、どこから『声』を出しているのかはわからない。だがしっかりと、はっきりと『声』を発した。
お嬢さま、と呼ばれたその女性は口を少し開くと
「――」
すぐに閉じた。喋ったのか喋らなかったのか、それとも単に声が小さいだけか。それは彼女の付き人であろう、その首なしの者と顔のないメイドしかわかるまい。彼女はティーカップにくちをつけ、くっと流し込む。
「――」
「それは良かった。本日のダージリンは、最良の品質のものをご用意いたしましたので」
「必死に探してやがりました。ダージリンなんて600年ぶりにリクエストされたんでストックがなかったんでございます。あの必死さ、みせてやりてえぐれえでございました」
「
「ローザお嬢さまが許してくれたんでごぜえます」
「そ、それは…」
「
「Q!」
Sと呼ばれた執事は、Qという名なのだろう顔無しのメイドに声を少しばかり荒らげる。
対して言葉遣いがなっていないQは、Sを指さして笑うような仕草を見せた。
その2人のやりとりが面白かったのかそうでなかったのか、ローザお嬢さまとよばれた女性は、カタカタと震えてみせた。その音は人間が単に震えたから出る音ではなかった。例えるなら、ヒビの入った陶磁器が何かしらの揺れでヒビがこすれあっておこす、あの耳障りな音だった。
「お嬢さまも笑ってるでございますぷぷー」
「ど、どこに笑ってしまうような箇所があったのでしょうか…と、Q。あなたは少しおだまりなさい」
「わかりました少しでいーんでございますね」
「しばらくそのまま静かになさい」
「じゃあ喋らせてもらうぜでございます」
「Q!そういう意味ではない」
「少し黙ったからいいだろうがでございます。つーかお嬢さま紅茶飲み終わってるでございますとっとと注げでございます」
「いい加減になさいQ!」
「――」
「お嬢さまがくっそわろたとか言ってるでございます」
「何でも貴方の言葉遣いでお嬢さまのお言葉を変換しないでください」
そんなやりとりをしつつ、Sはからになったティーカップにダージリンを注ぐ。その後ろでQがローザとともにSに何かしていたようだが、Sはあとで2人に説教をすることを決め、無心で茶会の続きの準備をした。
◆
「――」
「本日『17回目』のお茶会、いかがでしたか?」
「――」
「お楽しみいただけたようで何よりでございます。片付けはQにやらせますので、お嬢さまはひとまずお部屋にお戻りください。18回目のお茶会の準備ができ次第、お声をかけさせていただきます。それまでごゆっくりお休みください」
「え、私ひとりでございますか聞いてねえでございます」
「この頃準備も片付けも
「えー」
「さ、お嬢さま。お部屋にご案内いたします」
紅茶も飲み干し、菓子もなくなったところでお茶会はお開きとなった。Qが不満そうに片付けを始めると、ローザはSから差し伸べられた手に捕まって椅子から立ち上がり、Sの後をついていく。Sの頭部は歩くたびにどこかへと揺れ、ローザはそれを右へ左へ顔で追いかける。
数分ほど歩くと、ひときわ大きい扉の前でSは立ち止まり、ローザもならうように足を止める。さきにSが扉を開き、部屋の中へと入ってローザを促す。彼女もまた、促されたように部屋へと入る。
部屋はひとりでくらすには過度に大きい部屋だった。壁に取り付けられた書棚にはどれだけ本をいれても余るくらいで、スカスカ具合が逆に気持ち悪いほど。クローゼットも在るには在ったが、部屋の大きさに比べればかなりこぢんまりとしている。そして女性の部屋ならば必ずと言っていいほど在る鏡がなかった。ベッドも部屋に見合うだけの大きさではなく、普通の家で見られるようなものをそのまますこしだけ大きくしたものである。どこまでもおかしい部屋だった。
「それではお嬢さま。少しの間、ごゆっくりとお休みくださいませ」
Sはそう言うと深々と頭を下げ、部屋をあとにした。
残されたローザは、部屋を去っていったSのくぐった扉をいつまでも見つめていた。
【首なし執事とお嬢さま、時々メイドさん。】
ローザとS、そしてQの間には『決められた日課を守る』という約束が在った。
その約束というのが『23回のお茶会』というものであった。
なぜ23回なのかはもうすでに忘却の彼方。なぜそんなお茶会を開いたのかという理由も知らない。とにかく23回お茶会を開くのが、彼らの日課であり守るべき約束なのである。これを破ったからと言って何が起こるわけでも無かろうが、約束を破るというのは彼らにとって、あってはならない最悪の罪に等しい。だからこそ、彼らは1日23回のお茶会を開くのだ。そのたびに違う紅茶とお菓子を携えて。
永い時を生きていくが故それは、全く変わらない日常のひとこまになっている。
「…」
「S?」
「いえ、何でもありません」
調理場で18回目のお茶会の準備にとりかかった頃。Sは考え事をするような仕草が多くなった。そのたびに手が止まるので、作業が些か遅れているように見える。物思いにふけるSを、Qが決まって声をかけて戻すのだが、ふとした瞬間にまたSは思考の海に溺れる。
もう10回目の物思いに、Qはさすがに懐疑を抱く。こんなSは実に2654年ぶりのことであったからだ。
「(これはもう私が何言っても無駄でございますな…ここはアノ手を使うか)」
Qはそう決意すると、Sに声をかける。
「S。お嬢さまは私が呼んでくるでございます。その間さっさと準備を進めやがれでございます」
「え?ですがお嬢さまをお呼びするには、まだ4分36秒47速いですが?」
「その調子じゃいつまで経ってもお嬢さまを呼べねえし、退屈するかもしれねえでございます。速めに呼んでくるでございます。じゃ」
「ちょ、待ちなさいQ!」
Sが慌てて静止するも、Qはすでに調理場を後にしローザの部屋へと向かった後だった。
◆
「というわけでございますお嬢さま」
「――」
ローザはいつもどおりにベッドにこしかけ、書棚から適当に本を引っ張りだして黙々と本を読んでいた。が、突然に扉がノックもなしにバンと開けられ、ローザは驚きのあまりか顔のヒビが少し伸び、読んでいた本をばさりと床に落としてしまう。ローザのその様子にQに構わずつかつかと近づく。そしてQは突然話し始めたのであった。
ヴェールに覆われた頭部をずずいと近づけさせ、これまでの経緯を話したQに対し、ローザは両手をあげてどうどうとなだめるようにQから若干距離を取る。Qは前のめりになっていた姿勢を直し、骸の手でローザの手を取る。
「なのでやるしかねえんでございます。久しぶりに、アレを」
「――」
「お嬢さまの協力なしでは達成できねえでございます。お願いしますでございます」
Qが力強くいうと、ローザは少し考えこむ仕草をみせ、しばらくしたあとに首を縦に振った。
「決まりでございますね。そんじゃ庭にいくでございます」
「――」
ローザがわりかしきらきらしながら親指をぐっと立てると、Qもそれを真似しをする。そして2人はごきげんに部屋を出て、お茶会の会場である青い薔薇が咲き乱れる庭へと向かっていったのだった。
そんな2人を当然Sは知るはずもなく、予定より早く来るローザのために、すべての神経を集中させて大急ぎでお茶会の準備をするのであった。
ただ、妙な胸騒ぎはしたとか、しないとか。
◆
「お嬢さま。お待ちしておりました」
「――」
Qとローザが庭につくと、しっかりと準備をしたSに声をかけられる。あれだけぼーっとしては作業しの繰り返しをしていたとは思えぬくらい、準備は整っていた。今のところは。
だがいずれそのボロが出てくることだろう。本番はお茶会が終わったその時である。慎重に、冷静に。その時が来るのを待つ。それまではじっと待つのみ。Qはそれらしく視線をローザに投げる。ローザも密かに頷くようにした。Sは上の空状態であったためか、2人のそれには一切気づいていないようであった。それをQが、手を首の中に突っ込むような素振りをみせてSに気づかせこちらに戻す。その間にローザはQが椅子を引いて座っていた。
「それでは。本日18回目のお茶会を始めましょう」
Sのその言葉と共に、Qとローザの作戦開始までのカウントダウンが始まった。
お茶会の間はやはり思っていたとおり、散々なものであった。Sが。紅茶はこぼすし、菓子は危うく落としそうになるし、くわえてローザの言葉らしきものに反応が2テンポも遅れた。それをローザはいつものように見てはいたが、Qは笑いをひっしにこらえていたようで、体がカタカタと震えていた。時々我慢できなかったのか、ぷふっと息のような何かを吹き出していた。しかし様子のおかしいSがそれに気づくはずもなく、只々気分が落ちていっていた。
ようやくお茶会が終わり、気分が落ちているSが片付けを始めた時、Qとローザの作戦が始まった。
まず作戦通りQがティーポットとティーカップを片付けに行き、Sはテーブルを拭こうとして身をテーブルに乗り出した時だった。
ローザがSの背後に音もなく立ち、Sの体を掴んで通りに連れたその時、いきなりローザはSをそのまま後ろへとブリッジをするように投げた。肩がダイレクトに床にぶつかったため、Sの肩には尋常ではない痛みが走る。しかも結構いい音がした。
呻くSに容赦なく、ローザはSを起こしたかと思うとそのまま持ち上げて、肩にのせてSの体を逆に曲げるように力を入れる。思いっきりやっているため、Sの背中からとても嫌な音がする。その間ももちろんSの悲鳴は途切れない。しばらくやっているとQが戻ってきたので、今度は2人がかりでSの腕と足をつかみ、体をそのままお互い逆方向になるように捻る。まるで雑巾絞りのようだ。当然聞くに耐えないSの悲鳴と、体がありえない方向へとねじれているのでものすごく嫌な音がする。
そうして満足したのか、2人はSを開放する。さすがの痛みと行動に、Sは2人を正座させて説教を始めようとした瞬間、
突如としてSの頭上にタライが落ち、肩にヒットした。
もちろん頭部はモヤなので、風圧によりモヤは散らばりクッションにならず。あまりの突然の痛みに、Sはその場にうずくまる。その様子にQとローザはお互いに親指をぐっとたて、「ミッションコンプリートでございます」とQがつぶやく。
「なにがですか…」
Sはそんな2人に肩をおさえながら、痛みを我慢して声をかける。が、
「Sざまあ」
「――」
2人はSを助け起こすでも心配するでも謝るでもなく、逆に指をさして嘲笑したり、ローザはローザでSにも親指をぐっと立ててみせた。心なしかスッキリというか、きらきらと輝いて見える。Qはまだしも、ローザがそんな反応を返すとは思わなかったのか、若干ながらSはショックを受けた。
「お嬢さままで…一体どうされてしまったのか」
「おめーが不甲斐ねーからお嬢さまに報告して手伝ってもらったんでございます」
「え」
その一言に、ぱっとSは体をローザの方向へと上げる。
「おめーさっきやたらとぼーっとしやがってなーに考えてやがってたでございますか。あんなS、すんげー久しぶりに見たでございます。とっとと吐きやがれでございます。紅茶と椅子は準備したでございますから19回目のお茶会の開始でございます」
そう言ってQはくいっとテーブルを指差し、ローザはSを俵を抱えるように運び、あまりにも速い19回目のお茶会が始まるのだった。
ティーカップに琥珀色の紅茶が注がれる。注いでいるのはなんとQである。Sは今現在肩を痛めているため、使い物にならないからである。適度に注がれたティーカップがローザ、Sの順番で置かれ、最後にQ自身の紅茶を入れて準備が整う。
「んでは。本日19回目のお茶会を始めるでございます。お題はS」
びしっとSを指さしてそう宣言するQ。ローザも頷き紅茶を一口飲む。
「さてと。S。おめーは今ものすごく様子がおかしいにも程があるでございます」
「今の状況は先ほどのせいだと思うのですが」
「黙ってろでございます。おめーは一体何を考えていたでございますか」
「――」
「お嬢さまも返答次第では腕ひしぎ腕十字固めする、っていってるでございます」
「お嬢さま…」
こくこくと頷いてみせるローザに、Sはげっそりとした雰囲気で彼女の方を見る。Qはぐいっと紅茶を飲み干して、また新しく紅茶を注ぐ。しかしそれすらも一気に飲み干した。その勢いのまま、QはSに詰め寄る。
「さーさっさと吐きやがれでございます。でねーとおめーの紅茶も飲むでございます」
「わかりましたわかりました。言いますから」
QがSのティーカップを奪い、Sのちょうどモヤの出ているその部分に紅茶を流し込もうとすると、Sは堪忍したように言った。Qはその言葉を聞くなり奪いとったSのティーカップを元のソーサーの上に置き、前のめりにしていた体を直す。が、肘をついていたので、まともに話を聞く姿勢ではなかった。Sはため息をついて話し始めた。
「実は…その…」
「まだるっこしいでございます。ね?お嬢さま」
「――」
「ティーカップをひとつ、落として割ってしまったのです」
言うのをためらうかのようにもだもだと声を出すSに、Qとローザは体を左右に揺らして早くしろと言わんばかりな態度だったが、次に出てきた言葉でぽかんとする。まったく予想していなかったのか、それとも思ったより小さいことだったからか。2人でもわからずに呆然としていると、Sはそれで口火を切ったかのように、つらつらと話し始める。
「そのティーカップがなかなか手に入らないものでして、というより数百年前に販売が終わっている代物でして。しかもそのティーカップはお嬢さまのお気に入りのものだったのですよ。何にも変えられないものなのですよ。デザインもその時限りのものでして、もう手に入らないのです。それを17回目のお茶会のあと割ってしまって、正直今でも体の痛みより心の痛みのほうが辛くてですね。暗い場所に閉じこもって半年何もしたくない位なのですよ。お嬢さまのお気に入りのティーカップを割ってしまうなど、執事として失格でありまして――」
「うっさいんでそこまででございます聞き飽きたでございます」
「貴方が聞いてきたのでしょう」
「いやでもまさかそんなに長々と聞かされるはめになるとは思わねーでございました」
「あと20分8秒31は語らないとスッキリしないのですが」
「――」
「お嬢さまも飽きたようでございます」
「そんな!?」
「そらそーでございます」
あまりの長話にだんだんと聞く気がなくなったQとローザはSの話を遮る。しかしSは話し足りないようで意地でも続けようとしたが、ローザが飽きたと言った瞬間、話続けることを諦めたようだった。Qの方向へ乗り出していた体を直し、紅茶を飲む(いつの間にか紅茶が消えたと言ったほうがいいだろうか)。そんなSにQはアドバイスかどうかわからない言葉をかける。
「そこにお嬢さまがいるんだから本人に直接話せって、もう聞いてたでございますね」
「あっ」
「いまさら気づくとかおせーでございます」
「お、お嬢さま…」
ふるふると体が震えるSに対し、ローザは少しの間を開けて、口を開く。
「――」
「え」
「まじでございますかお嬢さまS許すんでございますか」
「――」
「…『お気に入りのティーカップはまた見つければいい』と?」
「うぅわ寛大すぎるでございますねお嬢さま」
「良いのですかお嬢さま?」
「――」
「ああ、ありがとうございま――」
す、と言いかけた次の瞬間、ローザの手によりSの頭部がテーブルに沈んだ。
それはもう、ものすごい勢いで。
あまりの出来事にSは愚か、Qでさえ驚きで「えぇ…」としか声を出せなかった。
当のローザ本人は、しれっとした顔で紅茶を飲み干し、次の紅茶を促した。はっとしたQはティーポットを手に取り、ローザのティーカップに紅茶を注ぐ。そしてローザは涼しい顔してその紅茶を飲み始める。ちなみにSは突然の事だったのか衝撃が強かったのか、気絶していた。
「お嬢さま、聞いとくでございますが一体なぜ」
「――」
「え、『なんとなく腹に据えかねた』?」
「――」
「それと『一度やってみたかった』?」
「――」
「…お嬢さまは時々予想の斜め上をブチ抜いていくでございますね」
「――」
「ま、お茶会を続けるでございますか。Sは放置で」
こくりと頷いたローザを口火に、お茶会が再開された。
Sはその間、気絶したままその場に本当に放置されたとか、ないとか。
終わり
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