第8話
「少し出かけてくる」
そう言って俊太は次の日早く家を出ていった。どこで何をするなどの詳細は修人には知らされなかった。
俊太はいなかったけど、相変わらず、朝練は行われ、修人は今朝もランニングと実地訓練をやらされることに変わりはなかった。
家に帰ると、やはり気になる修人は、俊太のことを尋ねてみる。
「お兄さんどこ行ったの?」
「ん?お仕事だよ」
俊太はたしか修人と同じ大学生だったはず。修人にはそのことがしばらく理解できなかった。
「お兄さん、大学生だったよね確か」
「うん。お兄ちゃん呼ばれたの」
「呼ばれた?」
「うん」
亜実は返事はしてくれたものの、もじもじとして、それ以上は話してくれなかった。修人にはこの兄弟は謎が多いと思えるのだった。
兄弟だけで暮らしてること、朝練のこと、俊太の尋常じゃない強さのこと、俊太が部屋でしていること。そのどれもが修人には不思議でならなかった。
特にお兄さんについて、修人は興味を持たずにはいられなかった。
「お兄さんってすごいんだね」
「お兄ちゃん、クマにだって、サメにだって負けないんだから」
クマ、サメ、とまた突拍子もないワードが出てきたことに、修人は少し唖然とする。もちろん修人は戦ったこともなければ、動物園で見たきりで、実物を見たこともなかった。
修人にはますますこの兄弟がどんな生活をしているのか気になるのだった。
「クマね……」
「あ、疑ってるでしょ?」
「そう言うわけじゃないけど……」
「けど?……いいよ、教えてあげる」
そう言うと、亜実は自分の部屋へと消えてしまい、ゴソゴソとすると何かを持ち帰ってくるのだった。
「これだよ、クマに襲われたくなかったらこれを持ってることね」
亜実が差し出したのは、どう見ても夏に風情を楽しむ花火のように見えた。
「花火?」
「そう、花火」
「それで、クマが倒せるの?」
「んーん、これは倒すんじゃなくて、撃退するの」
修人にはようやく合点が行った。あんな大きな生物、それに力も強いと聞く、そんなのとまともにやりあったら勝ち目があるはずもない。
「こうして、クマに向けて、花火を放つの」
亜実は、修人をクマに見立てて、花火を向けてくるのだった。
「わかったわかった、危ないからしまってね」
「ほんとに分かったの?お兄ちゃんがこれでクマを撃退した時はすごかったんだから」
亜実はほんとに誇らしげに話すのだった。
「お兄ちゃんなら、普通に戦っても勝てそうだけどね」
あの強さならと、修人も本当にできるのではないかと思えてしまうのだった。
「ちなみに、サメはこれね」
そう言って亜実が取り出したのは、今度はどう見ても、おもちゃや時計になどに使う乾電池のようだった。
「乾電池?」
修人はもうあっけにとられるしかなかった。そんな小さなもので、しかもなんの動きもない乾電池であの大きなサメを撃退できるとは思わなかったからだ。
「そう、乾電池だよ」
「それをどうするの?」
「これを、こうやってポケットにしまっておくの」
そう言うと、亜実は、手に持っていた乾電池をポケットにしまう動作を見せてくれる。修人にはそれが何を意味するのか分からなかったから、首をかしげてそれに答える。
「こうしておくとね、サメが寄ってこないの。海でサメに食べられたくなかったら携帯しておくことね」
それだけのことでと、修人には思えたけど、サメの恐ろしさは聞いていただけだけど、十分に承知しているつもりだった。
「そうするよ」
そう答えたものの、そんな状況になることが修人にあるのかどうか、その時点ではわかっていなかった。
エマージェンシー ユウ @yuu_x001
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